説明

重量刀身のみ767gr 出ました出ました刀剣乱舞で有名な坂本龍馬の愛刀の人気の作者陸奥守吉行の師として素晴らしく有名な大和守吉道の刀が出ました。大和守吉道は刀剣界で有名な京初代丹波守吉道の弟で後に大阪に移住した大坂初代丹波守吉道の次男と言う三品一門の頭領鍛冶の名門の刀匠です。大和守吉道刀匠が素晴らしくダイナミックな刃紋を焼くことでも特に有名です。江戸時代初期承応元年(1652年)(374年前)から延宝三年までの年紀のある作刀が有ります。本刀の元は2尺5寸の長寸の刀を短くし元身幅と先身幅の差の有る反りの有る良い刀姿を現し、地金は小杢目肌良く詰み細かな地金を鍛え地には地沸が良く付き、刃紋の本来は元を直調の刃で焼き出し本刃は匂い出来に小沸の付いた大和守吉道の独創的な大胆な覇気有る鬼の角の様な丁子刃を高らかに焼き深く棟に迄焼きを入れ大和守吉道刀匠の傑作の名刀です。大坂には同時期に井上真改や津田越前守助廣が活躍し、大坂新刀の最も爛熟期を迎え、名門三品一門の頭領鍛冶大和守吉道も負けじと素晴らしい実力を現した名刀です。この度古い御数寄者様から自分も年を取りましたので保存刀剣には直ぐになりますので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別に格安にてご提供いたします。人気の陸奥守吉行の師の大和守吉道の貴重な名刀を是非お楽しみください。

大和守吉道(刀剣乱舞でも有名な陸奥守吉行の師匠) Yamatonokami Yoshimichi
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大和守吉道(刀剣乱舞でも有名な陸奥守吉行の師匠) Yamatonokami Yoshimichi

売却済

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

68 cm

反り

1.8 cm

元幅

3.05 cm

先幅

1.95 cm

流派について

Mishina School三品派

三品派は、美濃国関の兼道を源流とし、その子らが京へ上って興した新刀の一門である。説明書は、兼道の四子すなわち長兄伊賀守金道、来金道、丹波守吉道、末弟越中守正俊が父と共に美濃より上京し、西洞院夷川に住して三品派の名を大いに高めたと記す。長兄金道は京五鍛冶の頭領にして、その家は刀工の受領を朝廷に推薦する権を世襲し、銘に「日本鍛冶宗匠」と添えて幕末に及んだ。やがて一門は京にとどまらず大坂へも枝を張り、京初代丹波守吉道の子が大坂に移って大坂丹波の祖となり、その周囲に大和守吉道が連なり、丹後守兼道のごとく大坂に住して元禄頃に活躍した工も出た。末関の量産地に発しながら、堀川派と並ぶ京新刀の一大勢力に育ち、さらに大坂へと展開した点に、この一門の歩みがある。 作風を貫くのは、工と世代の差を越えて繰り返される三品の共通語法である。地鉄は板目に杢や流れ肌を交えて棟寄りに強く流れ、刃寄りで柾がかって肌立ち、地沸微塵に厚くつき地景のよく入るもので、美濃関の継承を京の作にまで伝える。京の古い手が肌立つ板目を見せるのに対し、大坂の系では小板目をよくつめ清く澄んだ地に転ずる差がある。刃文は美濃由来の互の目と尖り刃を基調に、これを京風に洗練して小のたれの大乱れに展開し、沸が強く時に荒くむら立ち、砂流しさかんに金筋長く入る。最も明快な見どころは帽子で、のたれ込みに先尖って掃きかける三品帽子は一門の標識をなし、末弟正俊にことに顕著である。いま一つの標識が丹波守吉道の創案した簾刃で、湯走り・飛焼・砂流しが幾重にも縞がかって簾の如く焼かれる。金道と正俊が志津風を共に得意として作域広く、吉道はこの簾刃の一手に己を結び、大坂の系はその簾刃を最もよく継いだ。同じ語法のうちに、各工の手が読み分けられる。 収集の観点では、三品派は新刀草創の格と明快な鑑定の勘所をあわせ持つ一門である。先尖って掃きかける三品帽子と、縞がかって平行に焼かれる簾刃の二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、大坂の直ぐで均一の焼出しは京の手と分かつ目印となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、初代伊賀守金道は一派中最も優れた手とされ、初代丹波守吉道は初期新刀屈指の名工に数えられ、末弟正俊は器用さ兄弟中第一と評される。一門の作はおおむね在銘で、銘そのものが時の標識となり、由緒の確かさをもって賞翫される。来歴の知られる作は谷干城の愛刀、佐竹家、織田有楽斎、北野天満宮、皇室、大坂城代青山家の蔵を経て伝わり、一口は京都国立博物館に納まる。最上手の在銘作が市に現れるのは折々のことで容易ではないが、一たび相見えれば、三品派が美濃関より京・大坂へいかに展開したかを語る確かな証となる。

刀剣商

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