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鑑定書内容:鑑定書 :(財)日本美術刀剣保存協会 重要刀装具 Certificate:NBTHK Juyo Tosogu No.63 幕末に一世を風靡した荒木東明の大小縁頭の作品。荒木東明は文化十四年に生まれ、後藤東乗、後藤一乗に学び、それぞれから「東」「一斎」の工名を許されて一斎東明と銘している。彼は京都の画家林蘭雅について下絵を学び、代名詞とも言える粟穂の彫刻は蘭雅との研究により考案された物と言われている。本作は「大黒毘沙門二天之意」と題されて制作された作品である。毘沙門天は仏教における天部の仏神であり、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神、大黒天は同じく天部の守護神達の一人で、軍神・戦闘神、富貴爵禄の神または厨房・食堂の神ともされている。本作は二神のトレードマークとも言える宝塔、三叉戟、兜と大袋、小槌、宝珠が描かれ二神の姿は見られない、いわゆる「留守模様」といわれる、意図した図柄を連想される付属物のみを用いることで、鑑賞するものに想像して楽しんでもらうことを意図して制作された手法である。当時、鑑賞する方にもある程度の鑑識が求められる上流階級に好まれた風向雅な手法であり、二神の対比、図柄の描写等実に見事である。本作は明治の大収集家、光村利藻の旧蔵品であったことを示す、龍獅堂の箱に納められ、明治丙年、池田隆雄の箱書きを添えた二重箱となっており、如何に本作が重宝として珍重されてきたのかを表す好資料である。

大黒毘沙門二天之意大小縁頭 銘 吟松亭東明(花押)
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大黒毘沙門二天之意大小縁頭 銘 吟松亭東明(花押)

縁頭

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作者について

Araki Tomei東明

1 特別重要刀剣30 重要刀剣

荒木東明は文化十四年(1817)に京都で生まれた。十三歳の時、後藤東乗に師事し「東」の一字を許されて東明と名乗り、後に後藤一乗の門に学び「一斎」の工名を許されて一斎東明と銘している。吟松亭とも号した。京都の画家林蘭雅について下絵を学び、特技である粟穂の彫刻は蘭雅との研究により考案されたものといわれ、この粟穂をもって当時から著名であったという。後藤一乗門下には多くの優秀な金工がいるが、東明は粟穂の彫技に独自の才能を発揮し、一乗一門の特色を示す作風を確立した。 東明の作風は、赤銅、四分一、素銅、鉄など多様な素材を用い、魚子地、石目地、磨地など、素材に応じた地肌の表現にも工夫が見られる。高彫、据紋象嵌、色絵、金砂子象嵌など、多様な技法を駆使し、金、銀、赤銅、四分一、素銅などの素材を適材適所に配することで、写実的かつ立体的な表現を可能としている。特に粟穂の表現においては、穂は七粒の円錐形を成して一花とし、穂先が鋭く、周囲へ零れんばかりにたわわなその風情は、正に東明の真骨頂であり、特殊な鏨を打込んで立体的に表現した粟穂はこぼれんばかりの風情である。その粟穂の実は三条に連なり、中央が一段と盛上る点に特徴がある。また、粟穂に雀や鶉を組み合わせることで、より豊かな情景を表現している点も注目される。粟穂の意匠の他にも、大黒天や毘沙門天を題材とした作品や、富岳寿星・幽渓月図のように漢詩と画題を組み合わせた作品も手掛けている。縁の天上板は銅まわりと共の造込みで時雨鑢がかかる作があり、師である一乗譲りの技が見られる。 東明の作品は、その卓越した技術と意匠により、高く評価されている。特に粟穂の彫刻は「他の追随を許さぬ卓越した粟穂の彫技」「他工の遠く及ぶところではない」「東明の独壇場」と評され、同工の代名詞となっている。その彫技は「東明ここにあり」を文字通り実現した作品ともいえよう。洗練味の高い鏨さばきと色絵で抒情味豊かに表現された作品は、格調高く、東明の魅力が詰まった優品として、後世に伝えられている。

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飯田高遠堂

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