特別保存刀剣鑑定書付 藤原久幸(川井久幸) 天保十二年二月日 【解説】 本作は天保十二年(1841年)に藤原久幸によって打たれた一振りです。久幸は本名を川井久幸といい、幕末期に活躍した名工です。彼は刀工であると同時に、徳川将軍家に直接仕える旗本という高い身分を持つ武士でもありました。幕府のために作刀に励む傍ら、軍事官としても職務をこなし、特に槍術の達人としてその名を馳せました。 久幸は天明六年(1786年)、徳川家康公の代より遠江国(静岡県)で仕えてきた名門・川井家の長男として生まれました。通称を川井亀太郎と称し、武蔵国江戸小石川に居住していました。 刀剣制作に深い関心を抱いた久幸は、まず細川正義の門を叩き、主に清水久義に師事して作刀の基礎を学びました。その後、中山一貫斎義弘にも師法を仰いでいます。武家出身の刀工は当時極めて珍しく、異なる流派の師から技法を吸収しようとしたその姿勢からは、作刀に対する並々ならぬ情熱が伺えます。 久幸は生涯を通じて、実戦的で切れ味の鋭い刀を追求しました。現存する作品の多くは直刃を主としています。また、槍の制作を多く手掛けたことでも知られており、打刀(刀)の遺作は希少です。槍術の大家としての矜持が、その作風にも色濃く反映されています。 徳川幕府が終焉を迎えた明治元年、久幸は八十三歳でその生涯を閉じました。本作の洗練された出来映えから、幕末の動乱期に将軍家に仕えた高位の武士によって特注されたものと推察されます。 【歴史的背景】 江戸初期から中期にかけての日本は、徳川幕府による安定した統治のもと、比較的平和な時代が続きました。武士が戦場で刀を振るう機会は激減し、刀剣は次第に武士の身分を象徴する装飾的な側面を強めていきました。 しかし、幕末(18世紀後半〜19世紀)に入ると状況は一変します。国内の困窮による暴動や、開国を迫る列強諸国の圧力により、日本は激動の時代へと突入しました。実戦的な武器としての刀剣の需要が再び高まり、久幸をはじめとする刀工たちは、主君が戦場で生き残るための強靭で実用的な刀を打つことに心血を注ぎました。 本作が打たれた時代は、まさに幕府と新政府軍による内戦へと向かう過渡期にあたります。この刀の当時の持ち主も、武士の時代の終焉をその目で見届けたのかもしれません。力強い姿を持つ本作は、過酷な時代背景を象徴する実戦本位の一振りです。 【鑑定】 本作は日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に認定されています。これは、保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値が高い貴重な真作であることを証明するものです。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):76.0 cm 反り(Sori):2.8 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造の文様 地肌(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様























武蔵 · 1854-1860頃
現在7点販売中
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.

特別保存刀剣鑑定書付 藤原久幸(川井久幸) 天保十二年二月日 【解説】 本作は天保十二年(1841年)に藤原久幸によって打たれた一振りです。久幸は本名を川井久幸といい、幕末期に活躍した名工です。彼は刀工であると同時に、徳川将軍家に直接仕える旗本という高い身分を持つ武士でもありました。幕府のために作刀に励む傍ら、軍事官としても職務をこなし、特に槍術の達人としてその名を馳せました。 久幸は天明六年(1786年)、徳川家康公の代より遠江国(静岡県)で仕えてきた名門・川井家の長男として生まれました。通称を川井亀太郎と称し、武蔵国江戸小石川に居住していました。 刀剣制作に深い関心を抱いた久幸は、まず細川正義の門を叩き、主に清水久義に師事して作刀の基礎を学びました。その後、中山一貫斎義弘にも師法を仰いでいます。武家出身の刀工は当時極めて珍しく、異なる流派の師から技法を吸収しようとしたその姿勢からは、作刀に対する並々ならぬ情熱が伺えます。 久幸は生涯を通じて、実戦的で切れ味の鋭い刀を追求しました。現存する作品の多くは直刃を主としています。また、槍の制作を多く手掛けたことでも知られており、打刀(刀)の遺作は希少です。槍術の大家としての矜持が、その作風にも色濃く反映されています。 徳川幕府が終焉を迎えた明治元年、久幸は八十三歳でその生涯を閉じました。本作の洗練された出来映えから、幕末の動乱期に将軍家に仕えた高位の武士によって特注されたものと推察されます。 【歴史的背景】 江戸初期から中期にかけての日本は、徳川幕府による安定した統治のもと、比較的平和な時代が続きました。武士が戦場で刀を振るう機会は激減し、刀剣は次第に武士の身分を象徴する装飾的な側面を強めていきました。 しかし、幕末(18世紀後半〜19世紀)に入ると状況は一変します。国内の困窮による暴動や、開国を迫る列強諸国の圧力により、日本は激動の時代へと突入しました。実戦的な武器としての刀剣の需要が再び高まり、久幸をはじめとする刀工たちは、主君が戦場で生き残るための強靭で実用的な刀を打つことに心血を注ぎました。 本作が打たれた時代は、まさに幕府と新政府軍による内戦へと向かう過渡期にあたります。この刀の当時の持ち主も、武士の時代の終焉をその目で見届けたのかもしれません。力強い姿を持つ本作は、過酷な時代背景を象徴する実戦本位の一振りです。 【鑑定】 本作は日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に認定されています。これは、保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値が高い貴重な真作であることを証明するものです。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):76.0 cm 反り(Sori):2.8 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造の文様 地肌(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様























武蔵 · 1854-1860頃
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保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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