特別保存刀剣鑑定書付 刀:銘 越州敦賀住金重(元治二年二月日) 【解説】 概要 本作は、幕末の元治二年(1864年)二月に、越州敦賀住金重(えっしゅうつるがじゅうかねしげ)によって制作された一振りです。「越州」とは越前・越中・越後の総称を指しますが、敦賀は越前国に属する地名です。銘文にある「越州敦賀住」は、金重がこの地で作刀していたことを示しており、当時の刀工が自身の名前の前に作刀地を冠することは一般的な慣習でした。 この金重は、南北朝時代に美濃国で活躍した名工、金重(かねしげ/きんじゅう)の流れを汲む工であると推察されます。 伝承と系譜 美濃の金重は、一説には関鍛冶の祖とも称される名高い刀工です。元々は越前国の出身で、道阿弥と称する僧侶であったと伝えられています。61歳の時に名匠・正宗の門を叩き、五箇伝の一つである「相州伝」を学びました。修行の後、南北朝時代に美濃国関へと移り、志津三郎兼氏らと共に、日本屈指の刀剣産地としての礎を築きました。その後、善定派や三阿弥派など「関鍛冶七流」と呼ばれる名門が形成され、数々の名刀が生み出されることとなります。本作の作者である越州敦賀住金重は、その名跡と同じ漢字を用い、またゆかりの深い越前の地で作刀していることから、その末裔、あるいは正系を継ぐ者であったと考えられます。 時代背景 江戸時代初期から中期(1600年代〜1760年代)にかけて、徳川幕府による統治のもと、日本は比較的平穏な時代を享受しました。戦のない世において、刀は実戦の具から武士の身分を象徴する証としての性格を強め、戦国時代に比べ武器としての需要は落ち着きを見せていました。 しかし、幕末(1764年〜1876年頃)に入ると、その役割は劇的に変化します。国内の困窮による暴動の頻発や、開国を迫る外国勢力の圧力により、日本は激動の時代へと突入しました。武士たちは生き残りをかけ、実戦に耐えうる強靭な刀を再び求めるようになります。金重をはじめとする当時の刀工たちは、主君が戦場に備えられるよう、実用性と美しさを兼ね備えた質の高い刀の制作に心血を注ぎました。 本作が打たれた元治二年は、幕府軍と新政府軍が激突する戊辰戦争へと向かう直前の時期にあたります。この刀の旧蔵者もまた、武士の時代の終焉という歴史的転換期をこの一振りと共に歩んだのかもしれません。 鑑定 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に指定されています。これは、保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値が高い真作の日本刀に対してのみ与えられる格付けです。 ※切先付近に微細な零れ(こぼれ)および数箇所の鍛え傷が見受けられます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):74.6 cm 反り(Sori):0.9 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):折り返し鍛錬によって生じる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分 茎(Nakago):柄に収まる持ち手部分。日本の刀工は、腐食を防ぎ時代を証明するために、茎に生じる黒錆をあえて残します。
Certificate reading — 銘 越州敦賀住金重 元治二乙丑年二月吉日
在銘 · Seki · 新々刀 · 長さ 74.6cm · 反り 0.9cm


























保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
特別保存刀剣鑑定書付 刀:銘 越州敦賀住金重(元治二年二月日) 【解説】 概要 本作は、幕末の元治二年(1864年)二月に、越州敦賀住金重(えっしゅうつるがじゅうかねしげ)によって制作された一振りです。「越州」とは越前・越中・越後の総称を指しますが、敦賀は越前国に属する地名です。銘文にある「越州敦賀住」は、金重がこの地で作刀していたことを示しており、当時の刀工が自身の名前の前に作刀地を冠することは一般的な慣習でした。 この金重は、南北朝時代に美濃国で活躍した名工、金重(かねしげ/きんじゅう)の流れを汲む工であると推察されます。 伝承と系譜 美濃の金重は、一説には関鍛冶の祖とも称される名高い刀工です。元々は越前国の出身で、道阿弥と称する僧侶であったと伝えられています。61歳の時に名匠・正宗の門を叩き、五箇伝の一つである「相州伝」を学びました。修行の後、南北朝時代に美濃国関へと移り、志津三郎兼氏らと共に、日本屈指の刀剣産地としての礎を築きました。その後、善定派や三阿弥派など「関鍛冶七流」と呼ばれる名門が形成され、数々の名刀が生み出されることとなります。本作の作者である越州敦賀住金重は、その名跡と同じ漢字を用い、またゆかりの深い越前の地で作刀していることから、その末裔、あるいは正系を継ぐ者であったと考えられます。 時代背景 江戸時代初期から中期(1600年代〜1760年代)にかけて、徳川幕府による統治のもと、日本は比較的平穏な時代を享受しました。戦のない世において、刀は実戦の具から武士の身分を象徴する証としての性格を強め、戦国時代に比べ武器としての需要は落ち着きを見せていました。 しかし、幕末(1764年〜1876年頃)に入ると、その役割は劇的に変化します。国内の困窮による暴動の頻発や、開国を迫る外国勢力の圧力により、日本は激動の時代へと突入しました。武士たちは生き残りをかけ、実戦に耐えうる強靭な刀を再び求めるようになります。金重をはじめとする当時の刀工たちは、主君が戦場に備えられるよう、実用性と美しさを兼ね備えた質の高い刀の制作に心血を注ぎました。 本作が打たれた元治二年は、幕府軍と新政府軍が激突する戊辰戦争へと向かう直前の時期にあたります。この刀の旧蔵者もまた、武士の時代の終焉という歴史的転換期をこの一振りと共に歩んだのかもしれません。 鑑定 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に指定されています。これは、保存状態が極めて良好であり、かつ美術的価値が高い真作の日本刀に対してのみ与えられる格付けです。 ※切先付近に微細な零れ(こぼれ)および数箇所の鍛え傷が見受けられます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):74.6 cm 反り(Sori):0.9 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):折り返し鍛錬によって生じる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分 茎(Nakago):柄に収まる持ち手部分。日本の刀工は、腐食を防ぎ時代を証明するために、茎に生じる黒錆をあえて残します。
Certificate reading — 銘 越州敦賀住金重 元治二乙丑年二月吉日
在銘 · Seki · 新々刀 · 長さ 74.6cm · 反り 0.9cm


























保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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