説明

Skip to content ITEM# UJWA190 – Catalogue 23 – Sold A Sukenao Wakizashi (近江守高木住助直) Sukenao – born in Omi Takagi, common name Magodayu – is one of the outstanding smiths of the early Edo period. He trained under Echizen no Kami Sukehiro , arguably the greatest Ōsaka smith of the era, and later married Sukehiro’s younger sister, cementing himself as his master’s most accomplished and trusted student. His work carries the same DNA: a spectacular tōran -based hamon built from billowing ō-gunome with long ashi reaching to the edge, alive with sunagashi, kinsuji, and – here on the reverse – patches of tobiyaki. Fujishiro places him at Jōjō-saku , a highly superior rating awarded to very few smiths. His recorded output appears to end around Genroku 6 (1693), when he would have been approximately 55 years old. This impressively long wakizashi at 54.0cm is a textbook example of everything Sukenao and the Ōsaka tradition were celebrated for. The jihada is a well-forged itame with masame appearing on the shinogi ; the steel is bright and confident. The hamon is a full symphony – there will always be something new to discover along its length. The koshirae , dated to the Taishō period, is of exceptional quality throughout. The mid-Edo iron tsuba is signed Mogarashi Nyudo Souten and depicts warriors of the great Genpei War (1180–1185) – the conflict between the Taira and Minamoto clans that gave rise to the Kamakura Shogunate. The fuchi-kashira, attributed to the Mino Goto School and certified by the NTHK-NPO, are carved in the unryū (cloud dragon) motif in gold on a shakudō ground. The habakifeatures a rock pattern in gold on a copper base. Four certificates of authenticity accompany this wakizashi. Item Number UJWA190 Sword Type Wakizashi Swordsmith Sukenao Swordsmith (JP) 助直 Signature Omi no Kami Takagi ju Sukenao School Student of Echizen no Kami Sukehiro; Ōsaka tradition Province Settsu (Ōsaka) Period Mid-Edo – Genroku era (1688-1704) Nagasa 54.0cm (ubu) Sori 1.0cm Moto-hab

A SUKENAO WAKIZASHI (近江守高木住助直)
売切れ
Tokuho売切れ

A SUKENAO WAKIZASHI (近江守高木住助直)

脇差

売却済

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仕様

長さ

54 cm

反り

1 cm

元幅

3 cm

作者について

Sukehiro Sukenao助直

2 御物4 特別重要刀剣59 重要刀剣

助直は寛永十六年(一六三九)近江国野洲郡高木に生まれ、通称を孫太郎といい、その年紀作は寛文八年(一六六八)より、五十五歳を迎えた元禄六年(一六九三)に及ぶ。説明書は、初め初代そぼろ助広の門に入り、のち二代津田越前守助広の指導を受けて大成したこと、助広の妹婿となって銘に津田姓を冠したこと、天和二年(一六八二)の師の歿後はその後を襲って大坂に常住したことを記す。銘は津田近江守助直、近江守高木住助直、また単に助直と幾通りかに定まり、しばしば元禄あるいは天和の年紀と生国の江州高木を添える。津田門の中でその手は最も師に近く、最晩年の特別重要刀剣についての説明書は、これを「師の助広と区別し難いほどの上出来」とし、円熟した技術を見せるものとする。 助直の聞こえる作風は*濤瀾乱れ*で、説明書はこの大きく波打つ刃を、創始した師助広より継承したものとする。刃は元を直ぐの*焼出し*に起こす大坂新刀の起こしより、大*互の目*に*丁子*・*小のたれ*を交えた本体を立てて波となし、長く*足*入り、*匂*極めて深く、*小沸*厚くつき、*砂流し*と細かな*金筋*がかかり、時に線上に*飛焼*を交える。*匂口*は明るく冴え、この深く澄んで小沸のよくついた冴えこそ、判者が助広に迫ると読むところである。差を見せるのは*姿*で、その刀は身幅広く重ね厚く、中鋒をやや延ばした、師よりも頑健で堂々たる体配となり、波が助広に迫ってもなお姿は自身のものである。 *地鉄*はそのすべての作に通う恒のところである。よくつんだ*小板目*に*地沸*が微塵に厚くつき、*地景*の入る、かねの冴えた地で、波を置く明るい大坂の地である。最上手の作について説明書は、地刃ともに厚く沸づいて明るく冴えると評し、ある特別重要刀剣はまさにこの語で称えられて、鍛えは小板目つみ地沸微塵に厚くつき地景細かに入り、その全体を「地刃に助直の特色と美点が十二分に示されている」とする。*帽子*は各作直ぐに*小丸*、僅かに返り、時に*掃きかけ*を伴って、最も働く刃をも静かに納める。 総体の*濤瀾*の傍らに、説明書は二つの作域を挙げ、その作風は一にして三つの面に読まれる。一つは*互の目乱れ*と*のたれ*で、大互の目が波に上がりきらず小のたれや時に尖りごころを交え、匂深く小沸のよくつくもの。一つは穏やかな*直刃*、時に*広直刃*で、波を以て聞こえながらもこれを巧みにこなした。延宝三年の、なお故郷高木にあって鍛えた一口は、流れごころのある広い直刃に焼出しの*小互の目*を交え、説明書はおだやかとしつつ「流石に堂々たる出来である」と添える。ある年紀の*脇指*について判者は、本工が「他にこの脇指の如く直刃も巧みにこなしている」と記す。刀身の彫は*棒樋*に留まり、その作にみる*倶利迦羅*・旗鉾は長坂遊鵬軒ら彫物師の手になり、本工自身の手ではない。 津田門の中で助直を分かつのは、自身の姿に抑えられた、師への近さの著しさである。説明書は繰り返しその最上手の作を師に迫るものと読み、ある特別重要刀剣を「一見師助広を髣髴とさせる助直の秀作」とし、一方で身幅が師より広く堂々たる体配であることを記す。すなわち本工は、新機軸の工というより、助広の早世の後に*濤瀾乱れ*を忠実に継いだ正嫡であり、匂口の明るさと姿の頑健さこそ、その手を継いだ源より分かつ徴である。濤瀾の波、互の目ののたれ、穏やかな直刃という三つの作域は、説明書自身による本工の作の区分であり、そのいずれにも上手とされる。 助直は藤代が上々作とし、大坂新刀の主要な名跡に数えられる。国宝はなく、重要文化財もない。その記録は現代のより高い級を通じ、特別重要刀剣に四口、より多くを重要刀剣に置き、両級併せて六十三口に及び、その殆どが在銘で年紀のあるものも多い。来歴の知られるものは僅かで、なかに皇室の御物であった一口、松平親懷の家に伝わった一口があり、他は所伝詳らかでない。世に出る数が少なく、その格の指定刀の多くが伝えられて売り立てられぬ中、在銘年紀の助直が市に現れるのは折にふれてのことであり、*濤瀾乱れ*の見事な刀はその折にいよいよ求められる。身幅広く匂口の明るい私蔵の一口は、収集家にとって出会うべき佳品であり、津田助広に最も近づいた門人の作である。

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