助直

Sukehiro Sukenao

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特重巻 6, 番 52 · 刀

概要

助直は寛永十六年(一六三九)近江国野洲郡高木に生まれ、通称を孫太郎、また孫太夫と伝え、その年紀作は寛文八年(一六六八)より、五十五歳を迎えた元禄六年(一六九三)に及ぶ。説明書は、初め初代そぼろ助広の門に入り、のち二代津田越前守助広の指導を受けて大成したこと、助広の妹婿となって津田姓を冠したこと、天和二年(一六八二)の師の歿後は後継者として大坂に常住したことを記す。延宝年中の作には「高木住」と銘したものが多く、成業の後一時生国高木に帰ったものと説明書は見る。津田門の中でその手は最も師に近く、最晩年の特別重要刀剣について説明書は「師の助広と区別し難いほどの上出来」とし、円熟した技術を見せるものとする。

助直の聞こえる作風は濤瀾乱れで、説明書はこれを師助広の創始したものとし、助直はよくこれを継承したとする。元を直ぐに焼き出し、その上に大互の目に丁子・小のたれを交えて波となし、足長く入り、匂深く、小沸厚くつき、砂流し・金筋細かにかかり、時に飛焼を交える。説明書は作ごとにほぼ同じ言葉で、匂が深く、小沸がよくつき、匂口が明るく冴える作柄が通例であり、「中には助広に迫る作もある」と記す。

地鉄は小板目がよくつみ、地沸微塵に厚くつき、地景細かに入って、かねが冴える。最上の作では殆ど梨子地となる。円熟期の特別重要刀剣はまさにこの鍛えに、互の目を交えた濤瀾乱れを焼き、匂口深く小沸厚くつき、金筋・砂流し細かにかかり、説明書は「地刃に助直の特色と美点が十二分に示されている」と結ぶ。帽子は各作直ぐに小丸、僅かに返り、時に先掃きかける。

濤瀾の傍らに、説明書は別の作域を挙げる。一つは互の目乱れとのたれで、大互の目が波に上がりきらないもの。一つは穏やかな直刃、また広直刃で、濤瀾を以て聞こえながらこれを巧みにこなした。延宝三年、なお高木にあって鍛えた刀は広直刃を焼き、説明書はおだやかとしつつ「流石に堂々たる出来である」と添える。ある年紀の脇指については、濤瀾のほか「他にこの脇指の如く直刃も巧みにこなしている」と記す。刀身の彫は棒樋に留まり、貞享三年紀の一口にみる倶利迦羅・旗鉾は、切付銘によって長坂遊鵬軒の手になることが知られる。

師との差についても説明書は明らかに記す。その刀は身幅が広い傾向があり、ある特別重要刀剣は典型作として「姿は助広より幅があり堂々とした体配」とされ、匂口深く師の上作に迫るという。その濤瀾刃は助広に比べ刃先に砂流しがかかり、「やや荒目の沸がつくものがある」。本間による御物台帳に所載の二口は、この評価の両面を示す。元禄三年、五十二歳の刀は同作中の傑作として「殆ど師父助広の域に迫る」とされる。一方、延宝五年紀で高木住と切り「以地鉄落作之」と添銘する脇指は、師同様に直刃も得意としたことを示すが、本間は「地がねのよさは到底師に及ばない」と付記する。

助直は藤代が上々作とし、大坂新刀の主要な名跡に数えられる。国宝・重要文化財はない。その記録は現代の級を通じ、特別重要刀剣四口、重要刀剣五十九口、両級併せて六十三口に及び、すべて在銘で、年紀あるものも多い。来歴の知られるものは僅かで、松平家に伝わった一口と、信州松本藩士の旧蔵の一口がある。その格の指定刀の多くは伝えられて売り立てられることが少なく、在銘年紀の助直が市に現れるのは折にふれてのことであり、濤瀾乱れの見事な刀はその折にいよいよ求められる。津田助広に最も近づいた門人の作である。

歴史的重要度

助直の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

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指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品—
御物2
特別重要刀剣4
重要刀剣59

名工ランク

鑑定

年紀作

伝来

刀種

評価作品65点の分布

銘

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系譜

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