政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
出ました出ました山城京来国安の名刀が出ました。本刀は元は2尺8寸程の豪壮な大太刀を後世にすり上げられて、無銘となった為に来国安と極められた名刀です。来国安は超有名刀匠の山城来国俊の子又は来国俊の娘婿です。鎌倉末期元徳2年紀(1330年)(693年前)の作品が有る為に制作年代は確定出来ます。来国安の在銘の太刀は大分県柞原八幡宮(ゆすはらはちまんぐう)にある3尺5寸の大太刀が有名です。時は相州貞宗や山城来国次や備前長船大兼光と同時代の鎌倉時代から南北朝期にかけての名匠です。山城の京から後に摂津中島庄淡路に移住しました。本刀は御覧のように元身幅広く先身幅も広い切っ先の延びた豪壮な姿を現し、地金は板目肌良く詰み地沸が良く付き見事な地金を鍛えています。刃紋は小沸の付いた直調の刃に丁子や小足が入り素晴らしく覇気有る刃を焼いています。このような豪壮な来の太刀は将来の出世が大変楽しみな名刀です。この度今世の中に初めて生で出た為に特別に格安にて御提供いたします。是非来国安の名刀をお楽しみ下さい。























山城伝 · 摂津
現在8点販売中
中島来派は、山城来派の刀工来国俊の門人である来国長が摂津国中島に移住して鍛刀したことに起源を持つ一派である。『刀工銘鑑』によれば同名二代があり、初代を元徳頃、二代を正平・応安頃と記している。有銘作の遺例は極めて僅少であるが、現存作は来派の伝統を忠実に継承した作風を示しており、様式的には来国光に近似するものの、作位において若干譲る感がある。 作風の特徴は、地鉄において板目肌がよくつみ、しばしば杢目や流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景が細かに頻りに入る点に認められる。淡く沸映りが立つものも見られ、地刃ともに冴えた出来口を呈する。刃文は広直刃を基調とし、小互の目・小丁子などが交じり、足・葉がよく入り、小沸出来で匂口が明るく冴える。刃縁には処々ほつれ・喰違刃・二重刃・打のけなどの変化が現われ、金筋・砂流しが盛んにかかるなど、刃中の働きに富む。帽子は直ぐに小丸、あるいは乱れ込んで掃きかけ、先小丸に返るものが多い。姿形は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかかる頃の特色を示し、身幅広く、元先の幅差が少なく、反りやや浅く、中鋒延びる、あるいは大鋒となる豪壮な体配を呈する。大磨上無銘となるものが大半であるが、輪反りの名残を留めるものも少なくない。 伝世品の多くは重要刀剣以上の指定を受けており、来派の特色を明示しながらも、覇気に富む作域と地刃の健全さを兼備した優品が揃っている。板目肌に地沸が厚くつき地景が頻りに働く鍛え、光の強い沸が厚くついて刃縁が頻りに働く刃文、そして幅広で大鋒の力強い姿態が相俟って、中島来派の刀剣は南北朝期における来派の伝統と時代の覇気を今に伝える貴重な遺産として評価されている。 詳しく見る →
政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
出ました出ました山城京来国安の名刀が出ました。本刀は元は2尺8寸程の豪壮な大太刀を後世にすり上げられて、無銘となった為に来国安と極められた名刀です。来国安は超有名刀匠の山城来国俊の子又は来国俊の娘婿です。鎌倉末期元徳2年紀(1330年)(693年前)の作品が有る為に制作年代は確定出来ます。来国安の在銘の太刀は大分県柞原八幡宮(ゆすはらはちまんぐう)にある3尺5寸の大太刀が有名です。時は相州貞宗や山城来国次や備前長船大兼光と同時代の鎌倉時代から南北朝期にかけての名匠です。山城の京から後に摂津中島庄淡路に移住しました。本刀は御覧のように元身幅広く先身幅も広い切っ先の延びた豪壮な姿を現し、地金は板目肌良く詰み地沸が良く付き見事な地金を鍛えています。刃紋は小沸の付いた直調の刃に丁子や小足が入り素晴らしく覇気有る刃を焼いています。このような豪壮な来の太刀は将来の出世が大変楽しみな名刀です。この度今世の中に初めて生で出た為に特別に格安にて御提供いたします。是非来国安の名刀をお楽しみ下さい。























山城伝 · 摂津
現在8点販売中
中島来派は、山城来派の刀工来国俊の門人である来国長が摂津国中島に移住して鍛刀したことに起源を持つ一派である。『刀工銘鑑』によれば同名二代があり、初代を元徳頃、二代を正平・応安頃と記している。有銘作の遺例は極めて僅少であるが、現存作は来派の伝統を忠実に継承した作風を示しており、様式的には来国光に近似するものの、作位において若干譲る感がある。 作風の特徴は、地鉄において板目肌がよくつみ、しばしば杢目や流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景が細かに頻りに入る点に認められる。淡く沸映りが立つものも見られ、地刃ともに冴えた出来口を呈する。刃文は広直刃を基調とし、小互の目・小丁子などが交じり、足・葉がよく入り、小沸出来で匂口が明るく冴える。刃縁には処々ほつれ・喰違刃・二重刃・打のけなどの変化が現われ、金筋・砂流しが盛んにかかるなど、刃中の働きに富む。帽子は直ぐに小丸、あるいは乱れ込んで掃きかけ、先小丸に返るものが多い。姿形は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかかる頃の特色を示し、身幅広く、元先の幅差が少なく、反りやや浅く、中鋒延びる、あるいは大鋒となる豪壮な体配を呈する。大磨上無銘となるものが大半であるが、輪反りの名残を留めるものも少なくない。 伝世品の多くは重要刀剣以上の指定を受けており、来派の特色を明示しながらも、覇気に富む作域と地刃の健全さを兼備した優品が揃っている。板目肌に地沸が厚くつき地景が頻りに働く鍛え、光の強い沸が厚くついて刃縁が頻りに働く刃文、そして幅広で大鋒の力強い姿態が相俟って、中島来派の刀剣は南北朝期における来派の伝統と時代の覇気を今に伝える貴重な遺産として評価されている。 詳しく見る →
政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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