近代日本は刀を追放し、最後に芸術品にした。1876年の廃刀令が帯刀を終わらせ、戦後の禁令は工芸を絶やしかけたが、1948年の日刀保設立に始まる再生が、刀を許可制の美術として作り直した。
貞勝(大正、大阪) 銘:「大坂住人月山貞勝謹彫同作」「大坂住月山貞勝謹作」「浪華住月山貞勝」「刀匠貞勝造」など。 本名は月山英太郎。明治二年(1869年)、月山貞一の息子として大阪に生まれる。父・貞一の代作を数多く手掛けたことでも知られる。 大正六年(1917年)には、昭和天皇の立太子礼に際して太刀を鍛錬し、昭和二年(1927年)には大元帥としての天皇へ刀を、同時に守刀も献上している。昭和九年(1934年)には大阪府より工芸功労者として表彰を受けた。昭和十八年(1943年)十二月二十四日、七十四歳で没。 作風は綾杉肌に逆丁子乱れを焼いたものが多く、彫物の名手としても知られる。刀身に桜花と共に本居宣長の歌「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」を彫り込むこともあった。 また、九州工業大学および西日本工業大学の学長を歴任した金属学者・嘉村平八(1890-1967)が昭和十年(1935年)に開発した超高純度鋼「嘉村鋼(かむらはがね)」を用いた試作も行っており、その際は「以嘉村鋼製作」と銘じている。 神品の列(栗原昭秀編『日本刀銘鑑』より)
Certificate reading — 銘 大阪 月山貞勝















新々刀 · Osaka · 1926-1989頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位60%
現在13点販売中
新々刀 · 摂津
現在41点販売中
近代日本は刀を追放し、最後に芸術品にした。1876年の廃刀令が帯刀を終わらせ、戦後の禁令は工芸を絶やしかけたが、1948年の日刀保設立に始まる再生が、刀を許可制の美術として作り直した。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
貞勝(大正、大阪) 銘:「大坂住人月山貞勝謹彫同作」「大坂住月山貞勝謹作」「浪華住月山貞勝」「刀匠貞勝造」など。 本名は月山英太郎。明治二年(1869年)、月山貞一の息子として大阪に生まれる。父・貞一の代作を数多く手掛けたことでも知られる。 大正六年(1917年)には、昭和天皇の立太子礼に際して太刀を鍛錬し、昭和二年(1927年)には大元帥としての天皇へ刀を、同時に守刀も献上している。昭和九年(1934年)には大阪府より工芸功労者として表彰を受けた。昭和十八年(1943年)十二月二十四日、七十四歳で没。 作風は綾杉肌に逆丁子乱れを焼いたものが多く、彫物の名手としても知られる。刀身に桜花と共に本居宣長の歌「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」を彫り込むこともあった。 また、九州工業大学および西日本工業大学の学長を歴任した金属学者・嘉村平八(1890-1967)が昭和十年(1935年)に開発した超高純度鋼「嘉村鋼(かむらはがね)」を用いた試作も行っており、その際は「以嘉村鋼製作」と銘じている。 神品の列(栗原昭秀編『日本刀銘鑑』より)
Certificate reading — 銘 大阪 月山貞勝















新々刀 · Osaka · 1926-1989頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位60%
現在13点販売中
新々刀 · 摂津
現在41点販売中
近代日本は刀を追放し、最後に芸術品にした。1876年の廃刀令が帯刀を終わらせ、戦後の禁令は工芸を絶やしかけたが、1948年の日刀保設立に始まる再生が、刀を許可制の美術として作り直した。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。