説明

稲川 獅子図目貫 稲川派の作品は目にする機会こそ少ないものの、その系譜は江戸時代における最高峰の装身具師たちへと繋がっています。 稲川派の祖である稲川庄三郎直重は、名工・横谷宗與の門人であり、師より「宗」の一字を授かって宗閑、あるいは宗夢と号しました。 名工中の名工、横谷宗與に師事した直重が、極めて優れた教育を受けたことは疑いようもありません。 京都における宗與は、後藤家七代顕乗の門人でした。寛永二年(1625年)、顕乗の子である八代即乗が、幕府の命により拠点を江戸の中央(日本橋)へと移した際、宗與もこれに同行したと考えられます。 しかし、即乗は寛永八年(1631年)、わずか三十二歳の若さで没してしまいます。即乗の嫡男(後の十代廉乗)は未だ幼少であったため、即乗門下の筆頭であり、最も技量に長けていた宗與が、後藤家に代わって幕府との折衝や諸務を差配したと推測されます。 当時、顕乗は京都、金沢(前田家御用)、そして江戸の三地点を往復しており、江戸時代におけるこの長距離移動は、時間的にも費用的にも多大な負担であったはずです。各地での後藤家の職務を維持するためには、信頼に足る代行者が必要でした。 後の十代廉乗は、当時金沢にて前田家に仕えていた後藤程乗のもとで養育・修行中であったため、やはり江戸の拠点を守り、連絡役を務めるに最も適任であったのは宗與であったと考えるのが自然でしょう。 正保三年(1646年)、成長した廉乗が後藤家宗家を継承する準備が整います。横谷宗與が後藤家より独立を許され、独自の画風を確立させていくのは、ちょうどこの時期のことでした。

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