獅子は仏法界を守る聖獣とされ霊力が備わり、神社の社前に配置され又、魔除けの祭礼として、新年には獅子舞などが演じられます。獅子の堂々とした姿と、「百花の王」とも呼ばれる華麗な牡丹は、一体の図案として鎌倉時代より甲冑、馬具などの装飾にも用いられています。勇猛な印象の獅子と、華やかな牡丹は江戸時代の刀装具にも用いられ、武士の威厳を高めてきました。本作は獅子が踊り出んばかりに鋤出の技法で高彫で表現されています。牡丹には純度の高い厚い金の板を被せているため金無垢の質感があり、耳を赤銅覆輪とすることで鍔の存在を高めています。極端な細密描写や過度な装飾に流れない点が本作の特色である。厚手の鉄地に素直な彫りで守護獣たる獅子の姿をあらわした、庄内金工らしい質実な拵にふさわしい、落ち着いた意匠にまとめられている。
Certificate reading — 無銘(庄内)











庄内派
1801-1868
無銘
保存 (NBTHK)
金工 · 出羽
現在20点販売中
庄内金工の伝統は、出羽国庄内藩酒井家の城下において、藩お抱え工として代々の金工師が技を磨いた地域的伝統である。指定作品群に現れる最も早い時代の工人は在哉(寛文元年〜寛保二年)であり、安親の師でもある佐藤珍久の門下に入りながらも「生涯、庄内の地を出ることのなかった金工」[[c:1]]と伝えられる。一方、庄内金工の中核をなす鷲田派は、歴代が江戸へ出府して柳川派に師事し、帰郷して酒井家の抱え工として腕を奮うという修業形態を確立した。嫡流は初代信古堂光時、二代好古堂時孝、三代求古堂光時、四代尚古堂光親と続き、四代光親の弟である光中(文政十三年〜明治二十二年)が鷲田派の掉尾を飾る金工として名を残した。このほか酒井家の御用を務めた鳳龍斎光精、仙台出身で河野春明に学んだのち鷲田光時の門人となった岡田時雄など、庄内の地に集った多様な系譜の工人が確認される。 庄内金工の作域に共通する技法的特質は、多種の色金――金・銀・赤銅・四分一・朧銀・素銅――を駆使した平象嵌にある。審査説明は鷲田派の平象嵌について「一見加賀象嵌を思わす華麗な平象嵌」[[c:2]]と繰り返し評し、また真鍮のみを用いた作品には「古作平安城象嵌を髣髴とさせる趣」[[c:3]]があると指摘する。赤銅磨地を基調とする鷲田派の作に対し、光精の作では赤銅魚子地に酢漿草紋を金色絵で散らす格式高い意匠が見られ、在哉の鐔では素銅槌目地に鋤出高彫・金銀色絵・陰透を組み合わせた珍久譲りの作風が確認される。意匠面では群蝶図が複数の指定作に繰り返し現れ、審査員はこの意匠を「蒔絵や染色の美意識にも共通する和様の意匠表現」[[c:4]]と位置づけている。武田菱紋や酢漿草紋など家紋を中心に据えた総金具の統一的意匠もまた、大名所用の拵として庄内金工の格式を示すものである。 審査説明は庄内の地から「桂野赤文や鷲田光仲といった名工が多く輩出されている」[[c:5]]と記し、在哉の鐔を「庄内金工の矜持を感じ取ることが出来る作品」[[c:6]]と評して「質実・優美・純朴が同居する優品」[[c:7]]と位置づけている。鷲田光中の大小群蝶図鐔は特別重要刀装具に指定され、「精緻であり華麗であり繊細」[[c:8]]「光中の技術や美意識の全てが鐔という世界に凝縮され、優雅さや気品も感じることができ、まさに圧巻」[[c:9]]と讃えられた。在哉の珍久譲りの作風に始まり、鷲田派による柳川派・加賀風技法の体系的吸収と地方的展開、そして大名所用の格式ある拵の制作に至るまで、庄内金工は江戸後期の金工史において一貫した地域的寄与を果たした伝統として評価される。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の説明と商品の内容が著しく相違した場合、起算して3日以内であれば返品をお受け致しております。通信販売は特定商取引法上のクーリング・オフ規定がないため、クーリング・オフはできません。
獅子は仏法界を守る聖獣とされ霊力が備わり、神社の社前に配置され又、魔除けの祭礼として、新年には獅子舞などが演じられます。獅子の堂々とした姿と、「百花の王」とも呼ばれる華麗な牡丹は、一体の図案として鎌倉時代より甲冑、馬具などの装飾にも用いられています。勇猛な印象の獅子と、華やかな牡丹は江戸時代の刀装具にも用いられ、武士の威厳を高めてきました。本作は獅子が踊り出んばかりに鋤出の技法で高彫で表現されています。牡丹には純度の高い厚い金の板を被せているため金無垢の質感があり、耳を赤銅覆輪とすることで鍔の存在を高めています。極端な細密描写や過度な装飾に流れない点が本作の特色である。厚手の鉄地に素直な彫りで守護獣たる獅子の姿をあらわした、庄内金工らしい質実な拵にふさわしい、落ち着いた意匠にまとめられている。
Certificate reading — 無銘(庄内)











庄内派
1801-1868
無銘
保存 (NBTHK)
金工 · 出羽
現在20点販売中
庄内金工の伝統は、出羽国庄内藩酒井家の城下において、藩お抱え工として代々の金工師が技を磨いた地域的伝統である。指定作品群に現れる最も早い時代の工人は在哉(寛文元年〜寛保二年)であり、安親の師でもある佐藤珍久の門下に入りながらも「生涯、庄内の地を出ることのなかった金工」[[c:1]]と伝えられる。一方、庄内金工の中核をなす鷲田派は、歴代が江戸へ出府して柳川派に師事し、帰郷して酒井家の抱え工として腕を奮うという修業形態を確立した。嫡流は初代信古堂光時、二代好古堂時孝、三代求古堂光時、四代尚古堂光親と続き、四代光親の弟である光中(文政十三年〜明治二十二年)が鷲田派の掉尾を飾る金工として名を残した。このほか酒井家の御用を務めた鳳龍斎光精、仙台出身で河野春明に学んだのち鷲田光時の門人となった岡田時雄など、庄内の地に集った多様な系譜の工人が確認される。 庄内金工の作域に共通する技法的特質は、多種の色金――金・銀・赤銅・四分一・朧銀・素銅――を駆使した平象嵌にある。審査説明は鷲田派の平象嵌について「一見加賀象嵌を思わす華麗な平象嵌」[[c:2]]と繰り返し評し、また真鍮のみを用いた作品には「古作平安城象嵌を髣髴とさせる趣」[[c:3]]があると指摘する。赤銅磨地を基調とする鷲田派の作に対し、光精の作では赤銅魚子地に酢漿草紋を金色絵で散らす格式高い意匠が見られ、在哉の鐔では素銅槌目地に鋤出高彫・金銀色絵・陰透を組み合わせた珍久譲りの作風が確認される。意匠面では群蝶図が複数の指定作に繰り返し現れ、審査員はこの意匠を「蒔絵や染色の美意識にも共通する和様の意匠表現」[[c:4]]と位置づけている。武田菱紋や酢漿草紋など家紋を中心に据えた総金具の統一的意匠もまた、大名所用の拵として庄内金工の格式を示すものである。 審査説明は庄内の地から「桂野赤文や鷲田光仲といった名工が多く輩出されている」[[c:5]]と記し、在哉の鐔を「庄内金工の矜持を感じ取ることが出来る作品」[[c:6]]と評して「質実・優美・純朴が同居する優品」[[c:7]]と位置づけている。鷲田光中の大小群蝶図鐔は特別重要刀装具に指定され、「精緻であり華麗であり繊細」[[c:8]]「光中の技術や美意識の全てが鐔という世界に凝縮され、優雅さや気品も感じることができ、まさに圧巻」[[c:9]]と讃えられた。在哉の珍久譲りの作風に始まり、鷲田派による柳川派・加賀風技法の体系的吸収と地方的展開、そして大名所用の格式ある拵の制作に至るまで、庄内金工は江戸後期の金工史において一貫した地域的寄与を果たした伝統として評価される。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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