説明

備前吉井盛則(永享二年生) 藤代義雄著『日本刀工辞典 古刀篇』所載 流派:備前吉井 時代:永享二年(1430年) 鑑定/種別:日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀剣 銘:表:盛則 裏:永享二年三月日 藤代評価:中上作 形状:脇差 長さ:37.2 cm(一尺二寸三分) 姿:菖蒲造 反り:鳥居反り 棟:庵棟 重ね:棟側 3 mm / 鎬筋 7 mm 元幅:2.6 cm 茎状態:生茎 茎形状:標準、栗尻 目釘孔:二個 鑢目:筋違 刃文:小沸出来、規則正しい互の目。匂口明るく厚い。足よく入り、金筋が見える。馬の歯状の刃が交じる。 帽子:乱れ込み、中返る。 鍛え:板目流れる。淡く乱れ映り立つ。 解説: 本作は備前吉井盛則による脇差です。盛則は三代続きますが、本作は応永頃に活躍し、吉井派の代表的工とされる二代目の作です。 特筆すべきは、本作が藤代義雄著『日本刀工辞典 古刀篇』に実際に掲載されている「所載品」そのものであるという点です。周知の通り、藤代氏の辞典は銘鑑の「バイブル」として、国内外の愛刀家に最も広く活用されている権威ある資料です。1935年に初版、1960年代に改訂されたこの辞典に掲載された個体を所有できる機会は極めて稀です。これらは銘振りの基準となる「正真の規範」として扱われるため、資料的価値も非常に高く、蒐集家にとって垂涎の的といえます。 同書531ページには、「盛則 吉井(応永 備前)中古刀中上作。吉井則則の子。脇差、短刀の作多く、年紀は応永十五年より永享二年に及ぶ」と記されています。本作こそが、その解説にある「永享二年(1430年)」の例として掲載されている現物であり、同工の年紀作としては最終期のものと思われます。 現状、写真の通り研ぎ身ではありません。刃切れや肌の荒れが見受けられます。外装は時代道具で構成されていますが、鍔と切羽は後補のものです。鞘と柄は刀身に合っていますが、縁頭はこの拵えの元来の金具ではないと推測されます(込みや穴の形状による判断)。 鑑定書は「保存刀剣」が付帯し、銘および年紀に加え、吉井派であることを明記しています。 藤代氏の『古刀篇』所載品を手にし、研ぎ直して復元させる貴重な好機です。通常、未研磨の状態でのご紹介は控えておりますが、本作の資料的価値に鑑み、特別に出品いたします。 販売済・刀剣一覧へ戻る

吉井盛則

吉井盛則

脇差

$3,000

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

37.2 cm

元幅

2.6 cm

流派について

Yoshii School吉井派

26 重要刀剣

備前国吉井川をへだてて長船村と相対する吉井の地に、室町期に至って他の備前諸派が長船本流に統合される中、ただ一派その流れに与せず独自の作風を保って続いた一門がある。これが吉井派である。鎌倉後期の為則を祖として始まると伝えるが、その頃まで遡る作は稀有で、現存して年代の知れる作は鎌倉末期から南北朝期に始まる。NBTHKは南北朝を降らぬ作を古吉井、室町期のものを吉井として区別する。一門は「次」ならぬ「則」の字を通字とし、清次の伝えとともに景則・盛則・清則・永則と「則」字の名跡が連なる。中でも景則は名跡が最も長く続き、一説に吉井の嫡流とも伝えて、鎌倉末から室町中期まで一派の縦糸をなす。清則の子永則はのち出雲へ移住したとの伝えがあり、同国には後代の永則が数工あって伝えに符合する。 この一門を決するのは、規則的に連れて焼かれる小互の目である。やや肌立つ板目の上にこの刃を焼き、尖り刃・角がかる刃を交えて尖りごころを生み、しばしば逆がかって小丁子を交える。整然と反復するこの「吉井刃」を背骨として、清則・盛則らはこれを匂本位に控えめな小沸で締め、景則は刃中の強い沸を立てて、伊達家旧蔵の太刀が古備前と極められるほど最も古い備前へと結びつく。地鉄は杢を交えてつんだ板目で、処々綾杉風を呈し、地沸つき地景入る。その上に一門は備前物中独特の映りを立てる。これは焼刃の形がそのまま地に影となって映じたようなもので、長船本流の柔らかな雲のような乱れ映りのように漂うのではなく、上の刃文の輪郭を地に呼応させて繰り返す。連れた互の目の華やかな半面に対し、僅かに小互の目を交えた細直刃という静かな半面があり、同じ工が両様を打ち分ける。永則の細直刃に交じる小互の目のように、最も静かな刃にも畳み込まれた互の目が窺え、これが則光風の尋常な直刃と紛れるところを吉井へと引き戻す。銘は逆鏨を多用して切られ、銘字までもが一門の標を帯びる。 鑑定の勘所は、何よりこの整然たる連れにある。吉井の刀を分かつのは華やかさでも大きさでもなく、刀身の全長を一定の調子で走る小互の目の反復であり、これによって長船嫡流と分かたれる。背後に立つ影のごとき映りと、逆鏨の銘とが、これを補強する。逆にその作風の強さゆえ、後代のものが往々美濃物と誤鑑され易い点も心得るべきである。主要工の格は名高い鎌倉の名工というよりは記録の明確な上手で、藤代は清則を中作、盛則・永則を中上作とし、一門の手の平均を上回る位置に置く。その作はことごとく在銘で多くは年紀をもつため、求める者は年代まで定め得る工に出会い、これは室町備前の手にとってそれ自体が一つの魅力である。連れた互の目と映りに惹かれる収集家にとって、年紀作はこの一派の作風を最も明快に手にする道であり、伝来の知れるものでは景則の太刀が佐野美術館に、清則の太刀が靖國神社に、永則の大太刀が徳川美術館に納まる。古吉井の精緻な基準に最も近づくのは清則文安の脇指のような頂点の作で、室町期の吉井物にしてはよく沸づき、説示はこれを古吉井の作域にせまる出来と評する。

刀剣商

Nihontocraft

nihontocraft.com

$3,000

Nihontocraftで見る