説明

鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 特別保存刀装具[N.B.H.K] Tokubetsu Hozon Tousougu 江戸後期に活躍した萩谷勝平の特別保存刀装具指定作品。勝平は寺門与重の次男として文化元年(一八〇四)に水戸で生まれ、のちに上金町の荻谷仁兵衛の養子となる。天保十五年(一八四四)から水戸藩の御用影物師として作品を納入し、滑川貞勝、雲野勝珉など名工といわれる師弟も多く養成した。遠州流の生花なども嗜み巧みであったという。本作は赤銅磨地に鋤出高彫でそびえる富士と雲海に佇む福禄寿を、裏には御来光と波濤を見事に描き出している。福禄寿の顔や杖に色鉄を象嵌する配色の妙や、衣装の細かな紋様を描き出す細工はまさに超絶技巧で見事な作域を示している。

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作者について

Mito Katsuhira勝平

12 重要刀剣

萩谷勝平は、文化元年に水戸の寺門与重の次男として生まれ、後に萩谷仁兵衛の養子となった。通称を弥介といい、この「弥」の一字を後に門人達に通称として与えている。師は明らかではないが、はじめ実兄の勝房に学んだともいう。天保十五年より藩の御用彫物師となり、幕末の水戸金工群の重鎮として活躍した。多くの子弟を育成し、その門から滑川貞勝・海野勝珉等の名工が輩出している。実子に勝容と勝保の兄弟がいるが、長男の勝容は鈴木家の養子となり、家督は次男の勝保が継承した。生涼軒と号し、明治十九年に八十三歳で没した。 勝平の作風は、鉄、四分一、赤銅などの素材を用い、高彫、象嵌、色絵といった技法を駆使したものが多く見られる。特に鉄磨地を高彫色絵で仕上げた作や、赤銅魚子地に高彫を施した作例が知られる。画題は、蟻通宮、頼朝放生会、雨龍、藤花牡丹など、故事や物語、吉祥文様などを題材としたものが多く、その意匠は緻密で力強い彫技、鮮やかな色絵によって洗練された趣を見せる。また、横谷派の宗珉に範を求めた作風も見られ、獅子の姿態などにその影響が認められる。 勝平の作品は、「力強く的確な鏨使い」や「入念な彫技」によって、その技量の高さが評価されている。特に高彫象嵌色絵の技法は勝平の最も得意とするものであり、「質感のある高彫」や「多種の色金象嵌も的確かつ入念に施され、見事な出来映え」と評される。幕末の水戸金工を代表する工人の一人として、その作品は「勝平の技量が遺憾なく発揮された優品」とされ、現在も高く評価されている。

刀剣商

飯田高遠堂

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