Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 珍久、そして安親の大成によって作風を大きく奈良派に転向した庄内金工。源氏車紋と夕顔、二匹の蝶の小透で源氏物語夕顔図を表している。物語の不穏な展開と悲劇を予感するかのように激しい槌目と漆仕上げによる地作りが印象に残る。夕顔は赤銅と金銀の象嵌色絵、極めて細い糸透による蝶の触覚には瞠目する。

庄内派
江戸
出羽
無銘
保存 (NBTHK)
金工 · 出羽
現在20点販売中
庄内金工の伝統は、出羽国庄内藩酒井家の城下において、藩お抱え工として代々の金工師が技を磨いた地域的伝統である。指定作品群に現れる最も早い時代の工人は在哉(寛文元年〜寛保二年)であり、安親の師でもある佐藤珍久の門下に入りながらも「生涯、庄内の地を出ることのなかった金工」[[c:1]]と伝えられる。一方、庄内金工の中核をなす鷲田派は、歴代が江戸へ出府して柳川派に師事し、帰郷して酒井家の抱え工として腕を奮うという修業形態を確立した。嫡流は初代信古堂光時、二代好古堂時孝、三代求古堂光時、四代尚古堂光親と続き、四代光親の弟である光中(文政十三年〜明治二十二年)が鷲田派の掉尾を飾る金工として名を残した。このほか酒井家の御用を務めた鳳龍斎光精、仙台出身で河野春明に学んだのち鷲田光時の門人となった岡田時雄など、庄内の地に集った多様な系譜の工人が確認される。 庄内金工の作域に共通する技法的特質は、多種の色金――金・銀・赤銅・四分一・朧銀・素銅――を駆使した平象嵌にある。審査説明は鷲田派の平象嵌について「一見加賀象嵌を思わす華麗な平象嵌」[[c:2]]と繰り返し評し、また真鍮のみを用いた作品には「古作平安城象嵌を髣髴とさせる趣」[[c:3]]があると指摘する。赤銅磨地を基調とする鷲田派の作に対し、光精の作では赤銅魚子地に酢漿草紋を金色絵で散らす格式高い意匠が見られ、在哉の鐔では素銅槌目地に鋤出高彫・金銀色絵・陰透を組み合わせた珍久譲りの作風が確認される。意匠面では群蝶図が複数の指定作に繰り返し現れ、審査員はこの意匠を「蒔絵や染色の美意識にも共通する和様の意匠表現」[[c:4]]と位置づけている。武田菱紋や酢漿草紋など家紋を中心に据えた総金具の統一的意匠もまた、大名所用の拵として庄内金工の格式を示すものである。 審査説明は庄内の地から「桂野赤文や鷲田光仲といった名工が多く輩出されている」[[c:5]]と記し、在哉の鐔を「庄内金工の矜持を感じ取ることが出来る作品」[[c:6]]と評して「質実・優美・純朴が同居する優品」[[c:7]]と位置づけている。鷲田光中の大小群蝶図鐔は特別重要刀装具に指定され、「精緻であり華麗であり繊細」[[c:8]]「光中の技術や美意識の全てが鐔という世界に凝縮され、優雅さや気品も感じることができ、まさに圧巻」[[c:9]]と讃えられた。在哉の珍久譲りの作風に始まり、鷲田派による柳川派・加賀風技法の体系的吸収と地方的展開、そして大名所用の格式ある拵の制作に至るまで、庄内金工は江戸後期の金工史において一貫した地域的寄与を果たした伝統として評価される。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 珍久、そして安親の大成によって作風を大きく奈良派に転向した庄内金工。源氏車紋と夕顔、二匹の蝶の小透で源氏物語夕顔図を表している。物語の不穏な展開と悲劇を予感するかのように激しい槌目と漆仕上げによる地作りが印象に残る。夕顔は赤銅と金銀の象嵌色絵、極めて細い糸透による蝶の触覚には瞠目する。

庄内派
江戸
出羽
無銘
保存 (NBTHK)
金工 · 出羽
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庄内金工の伝統は、出羽国庄内藩酒井家の城下において、藩お抱え工として代々の金工師が技を磨いた地域的伝統である。指定作品群に現れる最も早い時代の工人は在哉(寛文元年〜寛保二年)であり、安親の師でもある佐藤珍久の門下に入りながらも「生涯、庄内の地を出ることのなかった金工」[[c:1]]と伝えられる。一方、庄内金工の中核をなす鷲田派は、歴代が江戸へ出府して柳川派に師事し、帰郷して酒井家の抱え工として腕を奮うという修業形態を確立した。嫡流は初代信古堂光時、二代好古堂時孝、三代求古堂光時、四代尚古堂光親と続き、四代光親の弟である光中(文政十三年〜明治二十二年)が鷲田派の掉尾を飾る金工として名を残した。このほか酒井家の御用を務めた鳳龍斎光精、仙台出身で河野春明に学んだのち鷲田光時の門人となった岡田時雄など、庄内の地に集った多様な系譜の工人が確認される。 庄内金工の作域に共通する技法的特質は、多種の色金――金・銀・赤銅・四分一・朧銀・素銅――を駆使した平象嵌にある。審査説明は鷲田派の平象嵌について「一見加賀象嵌を思わす華麗な平象嵌」[[c:2]]と繰り返し評し、また真鍮のみを用いた作品には「古作平安城象嵌を髣髴とさせる趣」[[c:3]]があると指摘する。赤銅磨地を基調とする鷲田派の作に対し、光精の作では赤銅魚子地に酢漿草紋を金色絵で散らす格式高い意匠が見られ、在哉の鐔では素銅槌目地に鋤出高彫・金銀色絵・陰透を組み合わせた珍久譲りの作風が確認される。意匠面では群蝶図が複数の指定作に繰り返し現れ、審査員はこの意匠を「蒔絵や染色の美意識にも共通する和様の意匠表現」[[c:4]]と位置づけている。武田菱紋や酢漿草紋など家紋を中心に据えた総金具の統一的意匠もまた、大名所用の拵として庄内金工の格式を示すものである。 審査説明は庄内の地から「桂野赤文や鷲田光仲といった名工が多く輩出されている」[[c:5]]と記し、在哉の鐔を「庄内金工の矜持を感じ取ることが出来る作品」[[c:6]]と評して「質実・優美・純朴が同居する優品」[[c:7]]と位置づけている。鷲田光中の大小群蝶図鐔は特別重要刀装具に指定され、「精緻であり華麗であり繊細」[[c:8]]「光中の技術や美意識の全てが鐔という世界に凝縮され、優雅さや気品も感じることができ、まさに圧巻」[[c:9]]と讃えられた。在哉の珍久譲りの作風に始まり、鷲田派による柳川派・加賀風技法の体系的吸収と地方的展開、そして大名所用の格式ある拵の制作に至るまで、庄内金工は江戸後期の金工史において一貫した地域的寄与を果たした伝統として評価される。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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