説明

Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 利壽の縁に東龍斎清壽が頭を彫り足した宇治川先陣図縁頭(重要刀装具)がある。江戸中期の名工と幕末の名工の時代を超えた胸躍るコラボレーションだ。本作は、横谷宗珉作の頭に宗與門人の臨川堂充昌が縁を彫り継いだ合作である。充昌は享保六年(1721年)生まれ。実兄は国友鉄砲鍛冶の辻又左衛門である。江戸で横谷宗與に学び、奈良派の彫法も得意とした。この頭は横谷門にいた折に入手したものであろうか。冴えた鏨の片切彫と毛彫の頭。目から鼻へ抜けるような童形が巻物を広げている。画中の人物はどことなくその作者に似るという説もあるから、あるいは宗珉はこの寒山に似ていたのかもしれない。宗珉の孫弟子にあたる充昌が彫った拾得は、何とも素朴。憧憬の眼差しで頭を見上げる様は自身を表しているのかもしれない。充昌は繊細な毛彫も得意とするが、本作では柔らかそうな拾得の髪に十二分に発揮されている。土壁には形も大きさも異なる鏨が不規則に、密に刻され、詳細な描写は剥落した壁からのぞく木舞にも及んでいる。横谷宗珉と臨川堂充昌の合作。夢のある競演(共演)である。

寒山拾得図縁頭 銘 頭横谷宗珉作 彫継臨川堂充昌花押
Tokuho

寒山拾得図縁頭 銘 頭横谷宗珉作 彫継臨川堂充昌花押

縁頭

¥400,000

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流派について

Yokoya School横谷派

2 重要刀剣

横谷派は、江戸時代中期に横谷宗珉によって創始された装剣金工の一派である。宗珉は従来の後藤家の伝統的技法に加え、片切彫という新たな彫刻技法を確立し、四分一磨地に繊細な線刻表現を施す独自の様式を生み出した。その後、養子である二代宗興が享保十八年(一七三三)、三十四歳で家督を継承し、横谷派の技術的頂点を築いた。宗興は元禄十三年(一七〇〇)江戸生まれで、師父宗珉より優れた片切彫の技術を継承しつつ、赤銅魚子地に高彫象嵌色絵を施す作風も展開した。 宗興の作域は四分一磨地に片切彫を施す作柄が多数を占めるが、赤銅魚子地に高彫象嵌色絵を用いた作品も僅少ながら現存しており、いずれも横谷宗珉の後継者としての高い力量と品格を備えた見事な出来映えを示している。片切彫の作では、師父宗珉譲りの卓抜した技術を遺憾なく発揮し、細部にまで行き届いた精緻な彫刻表現において他の追随を許さない。高彫象嵌色絵の作では、人物の表情や手の仕草、衣の襞に至るまで丁寧かつ写実的に表現され、空間を巧みに利用した構図の計算性も高く評価される。福禄寿図や大森彦七図などの作品に見られる肉感的な描写と躍動感は、宗興の卓越した写実力と彫技の冴えを示す真骨頂といえる。 横谷派の技術は、宗興の門人である三宅英光(自立軒)や桂永寿らによって継承され、江戸時代後期まで高い水準を保った。英光は肥前長崎の出身とされ、横谷四代目宗与の門人となり江戸京橋に住して、赤銅魚子地に高彫金色絵の豪華な作風を展開した。桂永寿は久留米有馬藩の抱工として、目結や家紋を配した格調高い金具を制作し、大名家の儀式用拵に用いられた。横谷派の作品は、片切彫という独自の技法と、写実的かつ精緻な表現力によって、装剣金工史において重要な位置を占めている。

刀剣商

銀座長州屋

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