
刀 石州貞綱(無銘) Katana:Sekishu Sadatsuna(Mumei)
¥1,800,000
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Bunna (1352-1356) ND
仕様
73.2 cm
2 cm
3.07 cm
2.34 cm
作者について
Naotsuna Sadatsuna貞綱
第五十回重要刀剣の在銘短刀は、第二目釘孔にかけて「石州出羽貞綱」の大振りな六字銘を切っており、この稀な完存の長銘がこの工を確かに繋ぎ止めている。貞綱は南北朝後期、石見国出羽に住し、説明書はこれを初代直綱の子と伝える。直綱は正宗の門人に数えられる石見の刀工で、相州伝を山陰の地に伝えた工である。銘鑑はこの名を三、四代に挙げ、初代を正平頃とし、以下を明徳・応永・康正に置く。在銘の現存作はほぼ室町に入って以降のもので、南北朝期の作は殆んど見ないため、初期作は銘ではなく地刃の様相より鑑せられる。指定作の多くが無銘の太刀・刀として貞綱に極められる所以である。 指定作に繰り返される見立ては、直綱に似ながら互の目をやや小さく焼くという点にある。刃文は全作に互の目乱れを基調とし、連れて乱れ、尖りごころ・角がかった刃を交え、時に頭の丸い互の目や僅かな丁子ごころを見せる。足入り、匂深く、沸が強くつき、処々荒めの沸を交える。この刃中を金筋・砂流しが盛んに働き、処々湯走りを交えて、刃の働きはむしろ賑やかである。最も明瞭な見どころは帽子にあり、多くの作で掃きかけ、焼詰め風となり、あるいは尖りごころをおびて小丸に返り、返りを長く焼く。相州伝の継承が最もよく現れるのはこの鋒であり、沸が掃きかけて横手を越えてゆく。 地鉄は杢と流れ肌を交えた肌立つ板目で、肌が締まるよりむしろ開き、説明書はその緩く粗い肌をザングリと評する。これに地沸がよくつき、しばしば微塵となり、地景が入り、かねはかな色に黒味をおびる。模した相州本場の緊んで明るい地鉄に対し、一門を分かつ石見の地方の地である。短刀では下半に地斑調の肌合がまじり、地沸が微塵に厚くつく。脇物に多い白けごころは初期の一太刀に見えるが常ではなく、より典型的なのは、刃中の金筋・砂流しを際立たせる黒く働きのある地である。 説明書はその作を二様に分ける。貞綱には互の目調のものと小のたれ調のものがあり、いずれも沸がよくつき、砂流しが盛んにかかると明記する。互の目調が主であり、角がかり尖る要素を交えた連れる乱れに、強く時に荒い沸をつける。小のたれ調は互の目に浅いのたれ・小のたれを交え、匂口は沈みごころとなり、金筋・砂流しを長く引き、とりわけ幅広・寸延びで重ね厚く反りの極く浅い平造短刀にこの貌が担われる。姿は時代を映し、磨上の刀は黒みがかる地に肌立つ板目を見せ、二字銘の細身・深い反り・小鋒の一太刀は古典的な鎌倉の姿を保つが、沸の強い刃文が直綱一門を語る。 この工を位置づけるのは系そのものである。説明書はその手を相州伝をあらわす石州直綱一門の作風とし、直綱門下の貞綱とする極めは正にこの点において首肯できると説く。最初の指定太刀については、強い沸・頻りの砂流し・交じる湯走りをもって「相州伝が認められ、直綱に通じるものがある」と記す。作ごとにほぼ同文で繰り返される工レベルの評は「直綱に似て、互の目調のものと小のたれ調のものを見る」というものである。貞綱は開祖から一歩退いた一門の手であり、相州の語法に忠実ながらこれを小さく、暗く、地方的に営み、その後流とされる長浜の祥末・祥貞・林祥らの上に立つ。 貞綱は藤代の格付で上作とされ、八口が重要刀剣に列するが、国宝・重要文化財はなく、その記録は名工というより堅実な地方の上手のものである。在銘の短刀の一口を説明書は「貞綱の見どころがよくあらわれている」とし、同作中の佳品で迫力のある一口と評する。一刀は延宝七年(一六七九)本阿弥光常の折紙を伴って伝来し、貞綱と極めており、黒みがかる板目と小沸のよくついた連れる互の目によって現代の説明書もこれを首肯する。来歴は他に乏しく、大名家も美術館も記録されないため、率直には私蔵に静かに伝えられた一群と言うべきである。蒐集の上では相州伝の影響を受けた地方の上手の中ではむしろ求めやすい部類に属し、指定作の多くは重要刀剣の格にとどまって秘蔵されるわけではない。名を確かに定める在銘の一口こそ、より稀で望ましく、時折、辛抱強く待つことで世に現れる。



