説明

刀身のみ重量662gr 出ました出ました因州鳥取藩池田家お抱え鍛冶として有名な信濃大掾藤原忠国の名刀が出ました。父初代信濃大掾忠国は堀川国広の高弟の有名な出羽大掾国路の門で因州池田藩抱え鍛冶として寛永頃に京山城より鳥取に移住、寛永十一年(1634年)(392年前)信濃大掾を受領、幕末まで池田藩抱え鍛冶として繁栄した九代続く名門の刀匠です、本刀は業物の作者の二代目の信濃大掾藤原忠国です、正徳元年(1711年)(315年前)徳川家宣が7代目の将軍となる将軍宣下のお祝いの為、朝鮮王朝から日本に派遣された外交使節団である朝鮮通信使への日本刀を授与する為の作品を徳川幕府より下命される位、当時は有名で池田家にとっても名誉の刀工です。江戸時代には12回の朝鮮通信使の日本への派遣が有りましたが使節団は8か月から10か月かけて朝鮮と江戸を往復し日本側の接待の費用も莫大で現在の金額で500億円以上の費用が掛かった日本側としても大事業でした。本刀の姿は生の姿のままで中心尻だけを拵えの関係で1�冂�短くしていますが生姿で元身幅広く先身幅との差の有る豪快な良い刀姿を現し、地金は板目肌に杢目肌を交え良く詰んだ力強い地金を現し、刃紋は匂い出来に小沸の付いた覇気有る直調の刃を焼き如何にも良く切れる刃を焼いています。江戸期の拵えも貴重で本信濃大掾藤原忠国の刀に一層華を添えています。この度家代々伝わった刀ですが自分達も年を取りましたので大切にしていただける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に因州鳥取池田家藩工として有名な信濃大掾藤原忠国の名刀を信じられない位の格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さいませ。

信濃大掾藤原忠国(二代) Shinanodaijo Fujiwara Tadakuni

信濃大掾藤原忠国(二代) Shinanodaijo Fujiwara Tadakuni

¥380,000

世界76社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

62.7 cm

反り

2 cm

元幅

3.08 cm

先幅

2.21 cm

作者について

Hizen Tadakuni忠國

3 重要刀剣

二代播磨守忠國は、初代忠國の子で、弾左衛門と称し、初銘を治國ときり、父初代の隠居後に忠國を襲名した。年紀作は「延宝五年八月日」紀から「貞享二年二月日」紀のものまで見られ、元禄・貞享の頃がその活躍期であった。作刀の殆どに、表には菊紋・裏に蟹牡丹紋をきっており、これは恐らく近衛家と深い関係があったものであろう。現存する作刀は稀れである。 作風は、初代同様に互の目に丁子を交えた乱れ刃と直刃の両様がある。鍛えは小板目肌よくつみ、地沸微塵に厚くつき、地景細かに入る。乱れ刃の出来は、直ぐに焼き出して、その上は互の目に小のたれ・丁子風の刃・小互の目などを交え、足よく入り、葉を交え、匂深く、沸厚くつき、荒めの沸を交え、総体に砂流しかかり、金筋入り、匂口明るい。直刃の出来は、中直刃に小足ごころ入り、小沸よくつき、細かに金筋・砂流しかかり、匂口明るく、上品な作柄に仕上がる。帽子は直ぐに小丸に返り、先掃きかける。茎は生ぶで、佩表錆下中央に菊紋をきり、その下棟寄りに長銘がある。なお元に直ぐの焼出しがあるが、この状は傍肥前の諸工にまま見受けられるところである。 殊に焼刃が匂深で、沸が厚くつき、匂口の明るい点にはこの工の技術の高さが窺える。また刃中総体に砂流しのかかった態には、忠國一派の伝統的な特色が察知される。直刃の作にあっても小沸がむらなくよくつき、匂口の明るい点には特筆すべきものがあり、作品の少ない同作の中でも白眉と称される。この時代の肥前刀工中でも屈指の一人であり、父に優るものがあると評され、二代忠國の卓抜した技量の高さが存分に発揮されている。

刀剣商

明倫産業

nipponto.co.jp

¥380,000

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