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受付時間:9:00~18:00 店休日:第一・第三日曜TEL.0258-33-8510ホーム会社案内商品紹介日本刀 刀剣 JapaneseSword刀装具 tousougu買取案内よくあるご質問日本刀ブログ売買規約(特定取引法に基づく標記)脇差 肥前国陸奥守忠吉品番 A371102銘文 肥前国陸奥守忠吉 (新刀上々作)Sign Hizennokuni Mutsunokami Tadayoshi価格売却済Price sold鑑定 財)日本刀剣保存協会 特別保存刀剣Certif [N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon Touken寸法 長さ 1尺7寸1分(51,8cm) 反り 10,5mm 目釘穴 1個 元幅 31,5mm 先幅 23,5cm 元重 7,1mmSize Blade length 51,8cm Curvature 10,5mm Mekugi 1Hole国 肥前国Country Hizen時代 江戸中期Period Middle of Edo形状 鎬造、庵棟、身幅、重ね頃合い、中切先鍛え 小板目肌よく詰み、二代と比べ強い地鉄となる刃文 直ぐ刃。小沸出来となり、匂口明るく、柔らかく、刃先に向かい沸がこぼれていく肥前刀の特徴がよく出ている帽子直ぐに丸く返る中心 生ぶ、先入山形、鑢目浅い勝手上がり拵 朱石目鞘脇差拵白鞘 有解説陸奥守忠吉は肥前、鍋島藩お抱えの刀匠であった肥前刀正系の三代目の刀工である。二代、近江大掾忠広の子で、万時三年に陸奥大掾を受領し、寛文元年には陸奥守となる。二代は長生きだったこともあり、父に先立ち亡くなる。作刀期間が短かった事と父の代作に任じていた期間が短かったことで、作品数が極めて少ない。また父以上に地鉄の処理は定評があり、非凡な才能を示し、三代陸奥と称さる。お問い合わせフォームはこちらご注文はこちらからどうぞ三代陸奥お問い合わせ・ご注文はこちらからお問い合わせフォームはこちらご注文はこちらからどうぞお電話でのお問い合わせはこちらまで0258-33-8510お気付きの点、ご不明な点がございましたらお気軽にお問い合わせくださいませ。日本刀の魅力名物刀剣とは刀装具とは日本刀の時代と特徴刀剣に関することわざ刀工位列表諸工作 研ぎ 白鞘 ツナギなどリンク集English刀剣鑑定士とは国内外の豊富な販売販路株式会社 和敬堂〒940-0088新潟県長岡市柏町1-2-16TEL.0258-33-8510FAX.0258-33-8511Mail contact@wakeidou.com古物許可番号新潟県公安委員会長岡第461190001328日本刀・刀剣の販売・買取・鑑定672926|ホーム|会社案内|商品紹介|買取案内|よくあるご質問|売買規約(特定取引法に基づく標記)|日本刀の魅力|名物刀剣とは|刀装具とは|日本刀の時代と特徴|刀工位列表|諸工作 研ぎ 白鞘 ツナギなど|リンク集|English|国内外の豊富な販売販路|〒940-0088 新潟県長岡市柏町1-2-16 TEL:0258-33-8510 FAX:0258-33-8511Copyright©株式会社和敬堂All Rights Reserved.JCL-400-000-004-475-969特定取引法に基づく標記個人情報保護方針サイトマップ Site map当サイトでは利便性や品質向上のため、Cookieを使用することを推奨しています。利用する場合は同意するを選択してください。同意をしない場合は、一部機能がご利用できません。詳細はこちら同意する拒否するTOPへ戻る

脇差 肥前国陸奥守忠吉 | 日本刀・刀剣・名刀・短刀の販売・買取・鑑定は和敬堂へ
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作者について

Hizen Tadayoshi忠吉

2 御物9 特別重要刀剣49 重要刀剣

忠吉は肥前一門の本家が継いだ名で、慶長以来佐賀にあって鍋島藩の抱え工であった。初代橋本新左衛門は慶長元年に藩命により上洛し、「京の埋忠明寿の門に学び」、帰国して佐賀城下に住し、藩の庇護のもとに大いに繁栄した後、再び上洛して武蔵大掾を受領し、名を忠広と改めている。その五字在銘の刀一口は慶長新刀の時代色をよく示し、身幅広く元先の幅差少なく、反り浅く大鋒の体配に、小板目の*地鉄*に*地沸*つき*地景*細かに入り、直刃調に浅くのたれた刃を焼いて足・葉よく入り*小沸*のつく。もっとも本コードに集まる作域は概ね後代の手であり、最もよく描き出されるのは三代陸奥守忠吉である。二代近江大掾忠広の嫡子で、土佐守家歿後に本家へ忠吉銘が返上されて襲名し、説明書はこれを肥前本家上三代中最上の鍛冶とする。 その典型は抑えのきいた作域にある。よくつんだ*小板目*の上に、説明書が「彼が最も得意とした中直刃」と評する*中直刃*を焼き、処々浅く*のたれ*て僅かに小互の目ごころを交え、小足・葉入り、*匂*深く*小沸*よくつき、細かに*金筋*・*砂流し*がかかって*匂口*の明るく冴える。*帽子*は終始直ぐの*小丸*で、時に深く返り先*掃きかけ*る。姿は幅広く長寸で重ね厚く手持ち重く、説明書はこれを父ならぬ祖父の手と読み、「父よりもむしろ祖父の初代忠吉を想わせる」と繰り返す。 声価の拠るところは*地鉄*である。よく鍛えた*小板目*が肥前の*米糠肌*となり、*地沸*が微塵に厚く均しくつき、*地景*が入って深みを加え、かね冴える。説明書は本家上三代のうちその鍛えを「上三代の中で最も強く精美」とし、また「鍛えの良さは彼の真骨頂」とその鍛錬の良さを彼の本領とする。その地に対して刃文は比較的おだやかで、働きは大きな房ではなく深い*匂*と*小沸*、細かな*金筋*・*砂流し*、そして何より*匂口*の冴えに托される。 直刃の傍らには華やかな肥前丁子の作域がある。丁子の乱刃も上手で、互の目を交えた*丁子乱れ*に太く*足*が入り、*金筋*・*砂流し*かかり、*匂*深く*小沸*つく。ある太刀の丁子は父のそれに近く、説明書は常に見る陸奥の作風と分かって「父近江の丁子乱に見紛うもの」と評する。直刃の静けさに対する明るい一面である。いま一つ説明書が説くのは五字銘の稀少である。ある「肥前国忠吉」五字銘の刀は、銘の鏨使い・目釘孔の位置・作風より初代ならず三代と鑑せられ、「同工の五字忠銘は極めて珍しく」、同工を知る上で貴重な資料とされる。また本家は刀の場合に指裏、すなわち太刀銘に切るのを常とし、「刀の場合に指裏」でなく差表に切る作は特に真偽に注意すべきと諭す。 本家のうちで三代を分かつのは、まさに極めの言うところである。その作品が比較的少ないのは、作刀期間が短かったことと、長命・多作の父の代作に任じていたためであり、二代近江大掾忠広が一門の広く開かれた記録であるのに対し、三代はその最も強く精良な手である。明るい*米糠肌*の直刃と力強い姿は後の肥前刀を読む基準をなし、説明書は彼を父からは鍛えの強さと地刃の冴えによって、初代からは鉄のつみと精良さによって分かつ。彼が守るのは保守の道、祖父の直刃を最上の冴えで継いだ手である。 収集の観点では、知り得る、そして鎌倉の大名跡に比べれば手の届く名である。藤代の極めは上々作。国宝・重要文化財はなく、その声価は特別重要刀剣九口と重要刀剣四十九口、両位あわせて五十八口に拠り、特別重要刀剣の数口を説明書は彼の最高の出来と評し、うち一口は「藩政時代は鍋島家に伝来した」一振りである。来歴は記録される限り皇室と、その家が仕えた鍋島家を通じている。本家在銘の肥前忠吉は相応の数が残り、鎌倉の巨匠とは比すべくもなく世に出やすいため、重要刀剣位の極めある一口は根気強い収集家にとって決して手の届かぬものではなく、一方で三代最上の米糠肌に直刃を焼いた健全で堂々たる刀が世に現れるのは時折のことで、現れれば一つの里程標となる。

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