説明

Stock number:WA-060323Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon ToukenCountry(Kuni)・Era(Jidai): Musashi(Tokyo)・Middle Edo period 1684~Blade length(Cutting edge): 48.5cmCurve(SORI): 1.3cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.21cmThickness at the Moto-Kasane: 0.74cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.60cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: Two parts, gold foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Chu-kissaki,Shinogizukuri,IorimuneJigane(Hada): ItameTemper patterns(Hamon): Notare SuguhaTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then komaru round tipRegistration Card: Hokkaido【Additional Information】山城大掾源国重。山城大掾二代目で大槻傳七郎と称します。武蔵国を拠点とし、作州津山においても鍛刀しました。通称「江戸水田」と呼ばれます。水田国重一門は、室町時代後期の大月左兵衛を初代として江戸末期・明治頃まで系譜が続きます。古刀期の初代国重の作風が、匂口締まり心の小乱れなどの備前伝に近しい作風なのに対し、新刀期の国重は、沸付き良く、相州伝に類似して作風が異なります。本作刃長は一尺六寸一分弱。身幅広く、元先やや幅差つき、重ね尋常で、反りが適度、フクラ豊かな中切っ先となる手持ちのバランスが良い刀姿の一振です。鍛は板目肌が良く詰んで、地沸微塵に付く強靭な地鉄となります。焼刃は湾れ調子の直刃で、処々に荒沸が付いて、匂口ギラりと明るく冴えます。刃中は金筋、葉が入り、部分的に二重刃がかり総体盛んに働きます。帽子はそのまま直ぐで先掃きかけて小丸へ返ります。本刀、江戸水田と称される山城大掾源国重の一口。水田国重一派の沸付きの良い、覇気のある作柄がよく示された入念作です。

Wakizashi [Yamashiro-daijo Minamoto-no Kunishige][N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon Token
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Tokuho売切れ

Wakizashi [Yamashiro-daijo Minamoto-no Kunishige][N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon Token

脇差

売却済

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仕様

長さ

48.5 cm

反り

1.3 cm

元幅

3.21 cm

先幅

2.6 cm

流派について

Mizuta School水田派

水田派は、室町時代末期の備中国に現れ、国重の名を代々受け継いだ一派である。松山、呰部、井原、荏原、新見など備中各地に拠を構えて作刀し、その勢いは古刀期から新刀期にまで及んだ。説示によれば、新見の国重は銘鑑により備後から備中新見荘に入り、後に松山城主三村家の刀工となったとされ、ほかに備後福山や河波でも作刀した工が知られる。新見住三郎左衛門尉国重、井原住の国重、英賀郡呰部住の大月左兵衛尉国重、水田住の大月与五右衛門国重など、地名と俗名を冠して長銘を切る工が代を重ねて連なり、国重と名乗る刀工が一門に圧倒的に多いことが、この派の大きな特徴をなしている。 作風は古刀期と新刀期とで趣を異にする。古水田と称される作には、腰の開いた互の目乱れを主調として小丁子や小乱れを交え、匂口が締まって小沸がつく、ややこせこせとした趣のものが見られ、茎先が大きく刃上りとなる点が見どころとされる。地鉄は小板目肌つみ、地沸がついて映りが立つ。新刀期の作になると、板目が流れて柾を交じえる鍛えに、小のたれや互の目を焼き、沸が深く、殊に荒沸が激しくつき、相州伝を強く意識した出来となる。地沸厚く地景太く入って湯走りがかかり、砂流し・金筋を頻りに見せ、棟焼がしきりにかかって皆焼風を呈する一群があり、帽子は掃き掛けて火焰風となり、あるいは焼深く一枚風となって長く返る。物打辺に矢筈風の刃を交えること、また小板目に小杢目を交え地沸微塵に厚くついて淡く映り立つ地鉄も、この派を見分ける拠りどころとなる。彫物を巧みにこなす工もあり、棒樋に倶利迦羅や梵字を施した大小の作が残る。 鑑定にあたっては、互の目や角ばる刃を交えた焼高い刃取り、矢筈風の刃、一枚風あるいは火焰風の帽子、棟焼の頻発といった水田特有の見どころが、相州・美濃に寄った実用本位の造込みと相俟って手掛かりとなる。沸の崩れや荒沸の激しさは、よく斬れる実戦の刀としての性格を物語る。在銘の確かな作は数が限られ、なかでも大月与五右衛門国重のごとく一門の他工にも稀なほど出来の優れたものが存する。新見の国重の一作は『光山押形』に所載し、附帯する古鞘に六代将軍徳川家宣すなわち文昭院の御陣刀であった旨が記される伝来の確かなものであって、備中の地に長く栄えた水田派の位置づけを今に伝えている。

刀剣商

銀座誠友堂

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