説明

本作は、大磨り上げ無銘ながら、『伝来国安』と極められた佳品、寸法二尺四寸三分弱、大切っ先鋭角となり、元先身幅の差が少ない雄壮な造り込みは、南北朝中期の典型的な延文貞治姿を示しており、刀にしっかりとした重みがあります。 来国安は、生まれは山城国で、一説によると、来国末(来国俊の弟)の孫と伝えており、後に越前へ移住したことから『越前来』の呼称があります。南北朝期の来派代表工でありながら、越前千代鶴一派の祖となった名工で、活躍期は、南北朝中期の延文貞治頃としています。 直湾れ調で僅かに小互の目交じりの刃は、焼き幅やや広め、刃縁にほつれ、二重刃掛かり、刃中金筋、砂流し掛かる出来で、地に少し鍛え肌もありますが、地刃至って健やか、刃は元から先まで染みるような箇所は皆無です。 南北朝期を下らない作で、この重量感と刃の健全さは大きな魅力、寸法十分、大切っ先で力感溢れる姿も大変好ましい来国安です。 商品番号:P-929 刀 無銘(伝来国安) 特別保存刀剣鑑定書付き 価格: ¥1,350,000 (税込) 販売期間: 数量: 振 在庫: ○ 在庫 ○ 返品についての詳細はこちら お買いものガイド 月刊コレクション情報 2026年7月号 (6/19発送) 会員の方のみご覧いただけます 月刊コレクション情報最新号の裏表紙に記載されているユーザー名とパスワードを入力して下さい。 見本誌請求(無料)はこちらから 最新情報をいち早くお届けいたします! 無題ドキュメント 刀剣・槍 販売品一覧 太刀 刀 脇差 短刀 薙刀・槍 刀装具 販売品一覧 鐔 小柄 目貫 縁頭 拵え 火縄銃 特別重要・重要刀剣一覧 特別保存刀剣一覧 保存刀剣一覧 売却済み商品 <ごあいさつ> コレクション情報のホームページをご覧いただきありがとうございます!営業本部長の小牧です。お目当ての刀のお探しや、加工・製作のご相談など、なんでもお気軽にご連絡下さい! (株)コレクション情報 〒500-8258岐阜県岐阜市西川手7丁目89TEL.058-274-1960FAX.058-273-7369 カレンダー ■今日 ■定休日 ■展示会 営業時間 9:00~18:00 FAX/メールは24時間受け付けております。 会社へお越しの際はご一報ください。 リンク 伊豆 伊東 浮山温泉 高級旅館

刀 無銘(伝来国安) Katana:Mumei(Den Rai Kuniyasu)
Tokuho

刀 無銘(伝来国安) Katana:Mumei(Den Rai Kuniyasu)

¥1,350,000

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

73.5 cm

反り

1.5 cm

元幅

3.21 cm

先幅

2.53 cm

作者について

Chiyozuru Kuniyasu國安

4 重要刀剣

千代鶴国安と朱銘を帯びた大太刀が熱田神宮に伝えられている。この工の名が最も直截に遺るのはこうした奉納の大太刀においてであって、指定の遺品はそのほとんどが大磨上無銘で、来国安と伝える刀だからである。公刊資料は国安を生国山城の人とし、一説に来国末の孫として、「のち越前に移住し千代鶴派の祖となった」と伝える。銘鑑はその年代を南北朝期の貞治・貞治頃に置き、「銘鑑はその年代を貞治ころとしている」と記す。その作風は山城本国から越前へ移された来として、これを受けた地の地方色を帯びて鑑せられ、一見すれば「一見山城本国の来国光あたりにも見える」が、注視すれば僅かに一歩を譲るのみで、ゆえに公刊の記録の言う通り「所伝は認められる」。 本国と分かつ見どころは地鉄にある。山城来派がよくつんだ精美な板目を鍛えるのに対し、国安の板目は杢目・処々流れ肌を交え、やや肌立つ。この肌立ちごころを公刊資料はその地方色と読む。肌立つ地に地沸が厚く、時に微塵につき、地景が頻りに入り、鉄色はやや黒みがかって白けごころとなる。公刊の評はこれを極めの決め手とし、地鉄が肌立ち白けごころとなり黒みがかるがゆえに「ここに来国安の極めが首肯される」とし、その作を本国のものにあらず彼のものと判ずる。 刃文は中直刃に小互の目を交え、基調に極く浅くのたれごころを帯びることもある。刃縁の働きは本国以上に変化に富み、ほつれ・喰違刃・処々二重刃が現われ、足・葉が入り、沸厚くつき部分的に一際光の強い荒めの沸を交え、明るい匂口に金筋・砂流しが細かにかかる。帽子は静かに小丸へ掃きかけるものから、表が沸崩れ状となり裏に盛んに掃きかけて火焰風に返るものまでがある。ある南北朝期の刀について公刊資料は、これらの特色が「地刃に南北朝期の来派の特色をよく現わしている」と記し、地方色の下になお来の血脈が読み取れるとする。 この一様の典型作域の中で、遺品は静から動への一軸に沿って広がる。静の側には、中直刃が殆ど直ぐに焼かれ、働きが刃縁の僅かなほつれと喰違刃ごころに留まる作が立つ。動の側に立つのが、銘鑑が貞治頃とする第六十一回重要刀剣の刀で、明るい刃中に「一際光の強い荒めの沸」がきらめき、帽子が火焰風に返る。この刀について公刊資料は、「帽子にも山城本国以上に野趣ある働きが目立って」と評し、働きの過剰そのものを地方の工房の印として挙げる。遺品は殆ど例外なく大磨上無銘であり、その極めは在銘ではなくこの地刃の読みに拠る。唯一の例外が、かの朱銘の大太刀である。 公刊資料は国安を、対比によってではなく、類似と僅かな距離によってその一派の中に位置づける。上には山城来派があり、来国光と一見見紛うほどに近い。その差は精美の度であって、本国の地刃が一段の冴えを保つところを彼は譲る。下には千代鶴派があり、彼はその祖、すなわち越前千代鶴の工房が出づる工であって、彼の作を本国と分かつ肌立つ地鉄・黒みがかり白けごころとなる鉄色・野趣ある刃縁と帽子こそが、その地方伝を開く地方色である。明るい乱れの働きと最も動く作の荒く光る沸とは、彼自身の地刃の言葉によって彼を際立たせる、北国に野趣を帯びた来の手である。 藤代に格付の記載はなく、指定も多くはない。重要刀剣五口、うち国宝・重要文化財・特別重要刀剣はなく、五口のうち四口が来国安の極めの大磨上無銘の刀、一口は別人の手にかかる在銘の美濃物である。これらの刀に大名家への古い伝来は記録されない。公の社に遺るのは熱田神宮蔵の朱銘の大太刀であり、これは流通する物としてではなく社宝として護られた一口で、彼の名が最も平明に読まれるのは市中ではなくこの奉納の大太刀においてである。彼の指定作はいずれも不可譲の文化財として留め置かれてはおらず、僅かな重要刀剣の刀は流通の級にある。とはいえ、千代鶴派の祖に確かに極められた一口に出会うことは稀であり、これに出会う蒐集家は、越前の鉄を通して読まれる来の血脈に出会うのである。

刀剣商

コレクション情報

samurai-nippon.net