日本美術刀剣保存協会により「大和守安定」の極めを冠された、無銘の傑作刀でございます。 保存状態は極めて良好で、錆や打ち込み、刃こぼれ等は一切ございません。 欠点らしい欠点はほぼ見受けられませんが、所々に鍛えの跡が認められます。 肌目は板目がよく詰み、地沸つき、地景が現れております。 刃文は湾れを基調に互の目、丁子、乱れが交じり、沸が厚くつく見事な出来映えです。 ハバキは当時のものですが、打刀拵は現代の良質な素材を用いて製作されております。 大和守正則は室町末期から江戸初期にかけて活躍した、慶長新刀を代表する名工の一人です。 その先祖は山城の名門・三条吉則と伝えられ、丹後国宮津の出身。 後に徳川家康の次男・結城秀康が越前福井藩主となった際、越前へと移住し、初代越前康継らと共に数々の名刀を世に送り出しました。 華やかな打刀拵を伴った、資料的価値も高い本振りを、ぜひ貴家のコレクションにお加えください。 長さ:61.3 cm 反り:1.2 cm 目釘穴:2個 先幅:21.6 mm 先重:4.0 mm 元幅:31.4 mm 元重:6.0 mm 銘:無銘(大和守正則) 時代:新刀 造り:鎬造、庵棟 地鉄:板目肌 刃文:湾れに互の目、丁子交じり 帽子:尖って返る 重量(鞘払):940 g 茎:磨上 拵:朱色正絹糸巻柄、印伝漆塗鞘打刀拵 登録証:長野県 第52142号 ご希望の御刀が掲載されていない場合は、お気軽にお問い合わせください。



































Echizen Shinto (Fukui, Echizen); signing Yamato Daijo Fujiwara Masanori · 越前 · 1596-1615頃
現在2点販売中
正則は作を大和大掾藤原正則と長銘に切り、年紀のもっとも古いものは慶長十三年(一六〇八)で、以後元和二年(一六一六)、寛永元年(一六二四)、慶安四年(一六五一)に及ぶ。この年紀の幅は、彼を江戸時代初期に越前福井に住した越前刀工の初代に位置づけ、初二代の康継と同時代に活躍したことを示す。説明書は一説としてのみ、山城三条吉則の末葉と伝え、本国を丹後国宮津とし、後に越前福井に移り住んだとする。越前康継のごく傍らに置いて恐らくその門人とし、然らずとするも「その影響を受けていることは否定し難い」[[c:2]]と加える。同名は彼の後も数代に続いたが、長銘と生ぶ茎をもってその手を伝えるのは、この初代正則の指定四口である。
常の作風はまず地鉄に読まれる。流れてやや肌立つ板目(四口すべてに板目、三口に肌立ち、二口に流れごころ)に地沸つき、大振りの刀には地景が入り、地鉄は時に黒ずむ。その上を走る刃文は互の目・大互の目・尖り刃・矢筈風の刃を交えた乱刃で、小沸つき、帽子は乱れ込んで小丸に返る。だが説明書が立ち返るのは線の個々の特徴ではなく匂口の性格であり、それはやや沈みごころとなって、総じて「匂口の沈んだ刃で、一般に関物に近い」[[c:3]]とまとめられる。この沈む匂口は、流れて肌立つ地鉄と相俟って、賑やかな作にわたる彼の最も恒常的な見どころである。
すべての作が賑やかなわけではない。薙刀の一口で手は静まり、鍛えは細かな小板目でわずかに肌立ちごころとなり、地沸つき、刃文は足の入る直刃に落ち着いて小沸つき、帽子は直ぐに小丸となる。説明書はこの直刃を乱刃と並べて彼がしばしば焼くものとし、その一口を「地鉄が精美で地刃の出来がよく整った」[[c:4]]と評する。これは流れる乱れの手に対する律された対の作域であり、彼の越前の修練が華やかな作と同様に静かな作域をも備えていたことを示す。
力量の極みはまた別にある。第七回の指定刀、四口中もっとも古いこの一口は彼の野心の極みで、身幅広く大鋒に結び、表は片切刃造、裏は鎬造に造り込み、いわゆる切刃貞宗にならう。棟焼頻りにかかる肌立つ板目の上を双文大乱が走り、足・葉頻りに入り砂流かかり、裏は皆焼となって、帽子は突き上げて掃きかけ沸つく。表には三鈷剣を彫る。この刀について説明書は、出来優れ「殆んど初代康継に迫るものがあり、同作中これに比すべきものがない」[[c:5]]と記す。片切刃の造込はこの一口限りではなく薙刀にも見える彼の記録上の特色だが、貞宗の様式が名指され、その野心が十全に実るのはこの刀においてである。
越前新刀の犇めく中で正則を画するものは、隣人との対比よりも彼自身の地刃の特色から引くのがよい。流れて肌立つ板目と沈む匂口は、説明書が彼の関物への近さと結ぶ印であり、常の作をひとつにまとめる。これに対して片切刃の作と貞宗写しの野心作は、より古くより大きな作風への手の伸ばしである。第二十三回の薙刀について本会は「地刃に正則の特色が濃く」[[c:6]]現れるとし、同じ一口で彫物も見事とする。彼は同派の評にあって、常の作は関物に近く、しかし最上の日には自国新刀の祖たる康継に迫る刀を打ち得た工である。
正則の指定は重要刀剣四口、刀二口・薙刀二口で、いずれも生ぶ茎に長銘を有する。国宝・重要文化財・特別重要刀剣はこのうちになく、四口のいずれにも記録された伝来や所持者の名はない。説明書が同作中比すべきものなしとする貞宗写しの第七回の刀が彼の最も名高い作であり、直刃の静かな一口と彼自身の特色の濃い一口の二薙刀が、小さいながらも一貫した作群を整える。収集家にとって彼の作は時折市場に現れるにとどまり、その最良の一口は出れば画期となる。彼の手になる有銘の越前刀・薙刀は、指定文化財のように手の届かぬものではないが、市場に出ることは稀であり、沈む匂口と流れて肌立つ地鉄の明らかに現れた一口は、追い求めるよりも待つことに報いる。
正則の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
As a general rule, returns/exchanges are not accepted on Japanese sword orders unless damaged upon delivery. Other items: returns/exchanges accepted within 7 days of delivery. Cancellation for personal reasons incurs a 30% restocking fee (70% refunded). Return shipping must be prepaid and insured by the buyer; shipping/handling fees are non-refundable. Contact katana@tozando.co.jp to initiate a return.
日本美術刀剣保存協会により「大和守安定」の極めを冠された、無銘の傑作刀でございます。 保存状態は極めて良好で、錆や打ち込み、刃こぼれ等は一切ございません。 欠点らしい欠点はほぼ見受けられませんが、所々に鍛えの跡が認められます。 肌目は板目がよく詰み、地沸つき、地景が現れております。 刃文は湾れを基調に互の目、丁子、乱れが交じり、沸が厚くつく見事な出来映えです。 ハバキは当時のものですが、打刀拵は現代の良質な素材を用いて製作されております。 大和守正則は室町末期から江戸初期にかけて活躍した、慶長新刀を代表する名工の一人です。 その先祖は山城の名門・三条吉則と伝えられ、丹後国宮津の出身。 後に徳川家康の次男・結城秀康が越前福井藩主となった際、越前へと移住し、初代越前康継らと共に数々の名刀を世に送り出しました。 華やかな打刀拵を伴った、資料的価値も高い本振りを、ぜひ貴家のコレクションにお加えください。 長さ:61.3 cm 反り:1.2 cm 目釘穴:2個 先幅:21.6 mm 先重:4.0 mm 元幅:31.4 mm 元重:6.0 mm 銘:無銘(大和守正則) 時代:新刀 造り:鎬造、庵棟 地鉄:板目肌 刃文:湾れに互の目、丁子交じり 帽子:尖って返る 重量(鞘払):940 g 茎:磨上 拵:朱色正絹糸巻柄、印伝漆塗鞘打刀拵 登録証:長野県 第52142号 ご希望の御刀が掲載されていない場合は、お気軽にお問い合わせください。



































Echizen Shinto (Fukui, Echizen); signing Yamato Daijo Fujiwara Masanori · 越前 · 1596-1615頃
現在2点販売中
正則は作を大和大掾藤原正則と長銘に切り、年紀のもっとも古いものは慶長十三年(一六〇八)で、以後元和二年(一六一六)、寛永元年(一六二四)、慶安四年(一六五一)に及ぶ。この年紀の幅は、彼を江戸時代初期に越前福井に住した越前刀工の初代に位置づけ、初二代の康継と同時代に活躍したことを示す。説明書は一説としてのみ、山城三条吉則の末葉と伝え、本国を丹後国宮津とし、後に越前福井に移り住んだとする。越前康継のごく傍らに置いて恐らくその門人とし、然らずとするも「その影響を受けていることは否定し難い」[[c:2]]と加える。同名は彼の後も数代に続いたが、長銘と生ぶ茎をもってその手を伝えるのは、この初代正則の指定四口である。
常の作風はまず地鉄に読まれる。流れてやや肌立つ板目(四口すべてに板目、三口に肌立ち、二口に流れごころ)に地沸つき、大振りの刀には地景が入り、地鉄は時に黒ずむ。その上を走る刃文は互の目・大互の目・尖り刃・矢筈風の刃を交えた乱刃で、小沸つき、帽子は乱れ込んで小丸に返る。だが説明書が立ち返るのは線の個々の特徴ではなく匂口の性格であり、それはやや沈みごころとなって、総じて「匂口の沈んだ刃で、一般に関物に近い」[[c:3]]とまとめられる。この沈む匂口は、流れて肌立つ地鉄と相俟って、賑やかな作にわたる彼の最も恒常的な見どころである。
すべての作が賑やかなわけではない。薙刀の一口で手は静まり、鍛えは細かな小板目でわずかに肌立ちごころとなり、地沸つき、刃文は足の入る直刃に落ち着いて小沸つき、帽子は直ぐに小丸となる。説明書はこの直刃を乱刃と並べて彼がしばしば焼くものとし、その一口を「地鉄が精美で地刃の出来がよく整った」[[c:4]]と評する。これは流れる乱れの手に対する律された対の作域であり、彼の越前の修練が華やかな作と同様に静かな作域をも備えていたことを示す。
力量の極みはまた別にある。第七回の指定刀、四口中もっとも古いこの一口は彼の野心の極みで、身幅広く大鋒に結び、表は片切刃造、裏は鎬造に造り込み、いわゆる切刃貞宗にならう。棟焼頻りにかかる肌立つ板目の上を双文大乱が走り、足・葉頻りに入り砂流かかり、裏は皆焼となって、帽子は突き上げて掃きかけ沸つく。表には三鈷剣を彫る。この刀について説明書は、出来優れ「殆んど初代康継に迫るものがあり、同作中これに比すべきものがない」[[c:5]]と記す。片切刃の造込はこの一口限りではなく薙刀にも見える彼の記録上の特色だが、貞宗の様式が名指され、その野心が十全に実るのはこの刀においてである。
越前新刀の犇めく中で正則を画するものは、隣人との対比よりも彼自身の地刃の特色から引くのがよい。流れて肌立つ板目と沈む匂口は、説明書が彼の関物への近さと結ぶ印であり、常の作をひとつにまとめる。これに対して片切刃の作と貞宗写しの野心作は、より古くより大きな作風への手の伸ばしである。第二十三回の薙刀について本会は「地刃に正則の特色が濃く」[[c:6]]現れるとし、同じ一口で彫物も見事とする。彼は同派の評にあって、常の作は関物に近く、しかし最上の日には自国新刀の祖たる康継に迫る刀を打ち得た工である。
正則の指定は重要刀剣四口、刀二口・薙刀二口で、いずれも生ぶ茎に長銘を有する。国宝・重要文化財・特別重要刀剣はこのうちになく、四口のいずれにも記録された伝来や所持者の名はない。説明書が同作中比すべきものなしとする貞宗写しの第七回の刀が彼の最も名高い作であり、直刃の静かな一口と彼自身の特色の濃い一口の二薙刀が、小さいながらも一貫した作群を整える。収集家にとって彼の作は時折市場に現れるにとどまり、その最良の一口は出れば画期となる。彼の手になる有銘の越前刀・薙刀は、指定文化財のように手の届かぬものではないが、市場に出ることは稀であり、沈む匂口と流れて肌立つ地鉄の明らかに現れた一口は、追い求めるよりも待つことに報いる。
正則の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
As a general rule, returns/exchanges are not accepted on Japanese sword orders unless damaged upon delivery. Other items: returns/exchanges accepted within 7 days of delivery. Cancellation for personal reasons incurs a 30% restocking fee (70% refunded). Return shipping must be prepaid and insured by the buyer; shipping/handling fees are non-refundable. Contact katana@tozando.co.jp to initiate a return.