【題名】 山王之図小柄 【解説】 本作は、銅に金を加えることで生まれる深い烏羽色の色調が美しい「赤銅(しゃくどう)」を地金に用いた小柄です。地表には、極小の鏨(たがね)を打ち込むことで繊細な粒状の質感を表現した「魚々子地(ななこじ)」が施されており、背景に奥行きと品格を与えています。 意匠は「山王之図(さんのうのず)」と題され、御幣を手にした猿が蝶と対峙する姿が、魚々子地の上に精緻な高彫色絵(たかぼりいろえ)で描かれています。 古来より日本の信仰において、猿は比叡山麓の日吉大社に祀られる山王権現の神使(使い)とされてきました。また、蝶は霊的な世界や変容の象徴とも捉えられ、この意匠に神秘的な趣を添えています。 本作は、日本美術刀剣保存協会(日美協)の鑑定により「加賀後藤(かがごとう)」と極められています。加賀後藤とは、加賀藩前田家に仕えた後藤家の一派を指します。その礎は、後藤家宗家七代・顕乗が前田家に百五十石で召し抱えられたことに始まり、その後、九代・程乗も叔父である覚乗の推挙により三十人扶持で前田家に仕え、加賀後藤の伝統を確固たるものにしました。 ※本品は骨董品ですので、状態については各写真にて詳細をご確認ください。 【小柄(こづか)とは】 小柄は、刀の鞘の裏側に設けられた「小柄櫃(こづかびつ)」に収納される小刀の柄の部分です。多くの鍔には、刀身を通す中心穴(なかごあな)の脇に、小柄や笄(こうがい)を通すための穴が開けられており、武士は刀を抜くことなくこれらを使用することができました。元来は木を削るなどの日常的な用途や、緊急時の武器として用いられましたが、実戦用というよりは工作用のナイフとしての性格が強かったと言われています。 戦乱のない平和な江戸時代に入ると、実用性よりも装飾性が重視されるようになり、金工師たちの手によって美術的価値の高い小柄や笄が数多く制作されました。 【刀装具が武士にとって重要であった理由】 日本刀には、鍔(つば)、目貫(めぬき)、縁頭(ふちがしら)など、多彩な装飾が施されています。刀は武器であると同時に、持ち主の身分や個性、信念を象徴するものでもありました。現代で例えるなら、スマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ写真を拡大してご覧ください。鉄や銅を基調とし、金・銀・四分一(しぶいち)などの象嵌を駆使した日本の彫金技術の粋を感じていただけることでしょう。特に鍔などは、一つひとつ形状も重さも異なります。刀と共に時代を歩んできたこれらの装飾品は、刀身そのものに匹敵する価値を持つこともあります。一見すると控えめな部品ではありますが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそが、真の「侍」の嗜みであり、鑑定眼を養う第一歩となります。 【鑑定書】 特別保存刀装具鑑定書(日本美術刀剣保存協会) 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、現代日本において最も権威のある刀剣鑑定機関の一つです。本作は平成4年(1992年)4月8日に、保存価値の高い「保存刀装具」として認定されました。ご購入者様には、この鑑定書原本を併せてお渡しいたします。ご希望があれば、記載内容の英訳PDFを作成することも可能です。






加賀後藤派
江戸
加賀
無銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 加賀
現在27点販売中
加賀後藤は、加賀前田家が京都より後藤家の名工を招いたことに始まる後藤一門の地方分流である。祖となる後藤覚乗光信は天正十七年(一五八九)京都に生まれ、長乗の次男にして祖父光乗の孫にあたる。家康公の上意により、宗家ではない勘兵衛家の覚乗が後藤家一子相伝の秘法を祖父光乗から残らず受け継いだことは特筆すべき事項である。加賀前田家に金工家としては破格の百五十石で召し抱えられ、前田利常公にも重用されて側近くに御供するなど格別に取り立てられた。覚乗の後を受けて加賀後藤を盛り立てたのが後藤悦乗光邦である。悦乗は後藤本家九代目程乗の次男で寛永十九年(一六四二)京都に生まれ、理兵衛家を盛りたて、勘兵衛家の演乗と隔年ごとに加州金沢に住して前田家に出仕し、多くの門人を育成して加州金工の発展に尽力した。宝永五年(一七〇八)六十七歳で歿している。 作風は専ら後藤の御家流を継承し、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を一貫した技法の柱とする。覚乗の倶利伽羅図二所では金魚子地に金銀赤銅の据紋を配し、祐乗以来の意匠を力強く彫出しており、鶴卵孵化図二所では赤銅魚子地に高彫金銀色絵を施し、雛の躍動する姿と卵殻の鋭い質感を見事に表現している。悦乗の鯱図三所物は赤銅波文地に金紋を据え、大振りながら隅々まで細緻な鏨が活きた渾身の一作と評される。葵紋を散らした糸巻太刀拵の総金具では赤銅魚子地に鋤出高彫・金色絵・金小縁を駆使し、式正の仕立に豪華な品格を備える。悦乗の在銘作には父程乗同様の肉置と仕立が認められ、筍図三所物では「笄・小柄の仕立、肉置は全く程乗同様であり、金の色あいもよく、彫技も傑出している」[[c:2]]と称される。枝菊文鐔のごとき無銘作にあっても「さすがに格調があり、出来も見事である」[[c:3]]と鑑されるなど、一門の技術水準の高さが窺える。 覚乗は前田家の抱え工であったため現存する作品が少なく、光邦の在銘三所物も「非常に少なく」「後藤家研究の好資料」[[c:4]]と位置づけられる。その希少さゆえに、指定品の一点一点が後藤家の技術伝承を跡づける学術的価値を有する。悦乗の作風は「父程乗にも劣らず上手」[[c:5]]と評され、加賀後藤の発展に寄与した功績は鞘・金具双方の優品を通じて明らかである。覚乗による一子相伝の秘法の継承から、悦乗・演乗の隔年出仕を経て門弟育成に至るまで、加賀後藤は後藤宗家の正統な技法を加賀の地に根付かせ、後藤一門の伝統の中で独自の位置を占める重要な一流である。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
【題名】 山王之図小柄 【解説】 本作は、銅に金を加えることで生まれる深い烏羽色の色調が美しい「赤銅(しゃくどう)」を地金に用いた小柄です。地表には、極小の鏨(たがね)を打ち込むことで繊細な粒状の質感を表現した「魚々子地(ななこじ)」が施されており、背景に奥行きと品格を与えています。 意匠は「山王之図(さんのうのず)」と題され、御幣を手にした猿が蝶と対峙する姿が、魚々子地の上に精緻な高彫色絵(たかぼりいろえ)で描かれています。 古来より日本の信仰において、猿は比叡山麓の日吉大社に祀られる山王権現の神使(使い)とされてきました。また、蝶は霊的な世界や変容の象徴とも捉えられ、この意匠に神秘的な趣を添えています。 本作は、日本美術刀剣保存協会(日美協)の鑑定により「加賀後藤(かがごとう)」と極められています。加賀後藤とは、加賀藩前田家に仕えた後藤家の一派を指します。その礎は、後藤家宗家七代・顕乗が前田家に百五十石で召し抱えられたことに始まり、その後、九代・程乗も叔父である覚乗の推挙により三十人扶持で前田家に仕え、加賀後藤の伝統を確固たるものにしました。 ※本品は骨董品ですので、状態については各写真にて詳細をご確認ください。 【小柄(こづか)とは】 小柄は、刀の鞘の裏側に設けられた「小柄櫃(こづかびつ)」に収納される小刀の柄の部分です。多くの鍔には、刀身を通す中心穴(なかごあな)の脇に、小柄や笄(こうがい)を通すための穴が開けられており、武士は刀を抜くことなくこれらを使用することができました。元来は木を削るなどの日常的な用途や、緊急時の武器として用いられましたが、実戦用というよりは工作用のナイフとしての性格が強かったと言われています。 戦乱のない平和な江戸時代に入ると、実用性よりも装飾性が重視されるようになり、金工師たちの手によって美術的価値の高い小柄や笄が数多く制作されました。 【刀装具が武士にとって重要であった理由】 日本刀には、鍔(つば)、目貫(めぬき)、縁頭(ふちがしら)など、多彩な装飾が施されています。刀は武器であると同時に、持ち主の身分や個性、信念を象徴するものでもありました。現代で例えるなら、スマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ写真を拡大してご覧ください。鉄や銅を基調とし、金・銀・四分一(しぶいち)などの象嵌を駆使した日本の彫金技術の粋を感じていただけることでしょう。特に鍔などは、一つひとつ形状も重さも異なります。刀と共に時代を歩んできたこれらの装飾品は、刀身そのものに匹敵する価値を持つこともあります。一見すると控えめな部品ではありますが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそが、真の「侍」の嗜みであり、鑑定眼を養う第一歩となります。 【鑑定書】 特別保存刀装具鑑定書(日本美術刀剣保存協会) 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、現代日本において最も権威のある刀剣鑑定機関の一つです。本作は平成4年(1992年)4月8日に、保存価値の高い「保存刀装具」として認定されました。ご購入者様には、この鑑定書原本を併せてお渡しいたします。ご希望があれば、記載内容の英訳PDFを作成することも可能です。






加賀後藤派
江戸
加賀
無銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 加賀
現在27点販売中
加賀後藤は、加賀前田家が京都より後藤家の名工を招いたことに始まる後藤一門の地方分流である。祖となる後藤覚乗光信は天正十七年(一五八九)京都に生まれ、長乗の次男にして祖父光乗の孫にあたる。家康公の上意により、宗家ではない勘兵衛家の覚乗が後藤家一子相伝の秘法を祖父光乗から残らず受け継いだことは特筆すべき事項である。加賀前田家に金工家としては破格の百五十石で召し抱えられ、前田利常公にも重用されて側近くに御供するなど格別に取り立てられた。覚乗の後を受けて加賀後藤を盛り立てたのが後藤悦乗光邦である。悦乗は後藤本家九代目程乗の次男で寛永十九年(一六四二)京都に生まれ、理兵衛家を盛りたて、勘兵衛家の演乗と隔年ごとに加州金沢に住して前田家に出仕し、多くの門人を育成して加州金工の発展に尽力した。宝永五年(一七〇八)六十七歳で歿している。 作風は専ら後藤の御家流を継承し、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を一貫した技法の柱とする。覚乗の倶利伽羅図二所では金魚子地に金銀赤銅の据紋を配し、祐乗以来の意匠を力強く彫出しており、鶴卵孵化図二所では赤銅魚子地に高彫金銀色絵を施し、雛の躍動する姿と卵殻の鋭い質感を見事に表現している。悦乗の鯱図三所物は赤銅波文地に金紋を据え、大振りながら隅々まで細緻な鏨が活きた渾身の一作と評される。葵紋を散らした糸巻太刀拵の総金具では赤銅魚子地に鋤出高彫・金色絵・金小縁を駆使し、式正の仕立に豪華な品格を備える。悦乗の在銘作には父程乗同様の肉置と仕立が認められ、筍図三所物では「笄・小柄の仕立、肉置は全く程乗同様であり、金の色あいもよく、彫技も傑出している」[[c:2]]と称される。枝菊文鐔のごとき無銘作にあっても「さすがに格調があり、出来も見事である」[[c:3]]と鑑されるなど、一門の技術水準の高さが窺える。 覚乗は前田家の抱え工であったため現存する作品が少なく、光邦の在銘三所物も「非常に少なく」「後藤家研究の好資料」[[c:4]]と位置づけられる。その希少さゆえに、指定品の一点一点が後藤家の技術伝承を跡づける学術的価値を有する。悦乗の作風は「父程乗にも劣らず上手」[[c:5]]と評され、加賀後藤の発展に寄与した功績は鞘・金具双方の優品を通じて明らかである。覚乗による一子相伝の秘法の継承から、悦乗・演乗の隔年出仕を経て門弟育成に至るまで、加賀後藤は後藤宗家の正統な技法を加賀の地に根付かせ、後藤一門の伝統の中で独自の位置を占める重要な一流である。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.