【銘】大黒天図 【解説】 鑑定書によれば、本作の画題は「大黒天留守模様(だいこくてんるすもよう)」であり、後藤就乗および後藤光覧の二名による共作とされています。両名ともに江戸時代に隆盛を極めた装身具彫金の最高峰、後藤家に連なる名工です。就乗については詳細な伝記が乏しいものの、光覧は文化3年(1806年)に京都で五代目として生を受け、明治元年(1868年)に没したことが知られています。 意匠には、七福神の一柱である大黒天を象徴する「大根」と「打ち出の小槌」が配されています。大黒天は五穀豊穣の神として広く信仰され、その加護を願う者には、心の充足、財の充足、そして生活の充足をもたらすと伝えられています。頭巾を被り、左肩に大きな袋を背負い、右手には民話でも名高い打ち出の小槌を持つ姿が一般的です。福徳円満な笑みを浮かべ、大きな耳たぶを持つその姿は、古来より大根を好むことでも知られています。 地鉄には、日本伝統の金銅合金である「赤銅(しゃくどう)」が用いられています。烏金とも呼ばれる深く美しい黒の発色が特徴です。さらに地肌には、極小の鏨(たがね)を打ち込んで緻密な粒を整列させる「魚々子地(ななこじ)」が施されており、背景に奥行きと格調高い気品を添えています。 ※アンティーク品につき、状態については掲載写真にて詳細をご確認ください。 【小柄(こづか)とは】 小柄は、日本刀の鞘の側面に設けられた小柄櫃(こづかびつ)に納められる小刀です。多くの鍔には、刀身を通す中心穴(なかごあな)の脇に、小柄や笄(こうがい)を通すための穴が開けられています。これにより、武士は刀を抜くことなく、これらの道具を出し入れすることができました。当初は木を削るなどの工作用や、緊急時の武器として用いられましたが、実戦用というよりは日常の細工用ナイフとしての役割が主でした。 泰平の世となった江戸時代には、実用性よりも装飾性が重視されるようになり、金工師たちの手によって美術的価値の高い小柄や笄が数多く制作されました。 【刀装具の意義】 日本刀の装具には、鍔、目貫、縁頭など多岐にわたる意匠が凝らされています。刀装具は単なる武器の部品ではなく、持ち主の個性や信条、美意識を象徴するものでした。現代で例えるなら、スマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ写真を拡大してご覧ください。鉄や銅を主体とし、金、銀、四分一(しぶいち)などの色金を象嵌した精緻な彫金技術が見て取れます。特に鍔などは、その形状や重量感も一点ごとに異なります。刀本体と共に時代を歩んできたこれらの装具は、刀剣そのものに匹敵する価値を持つことも少なくありません。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそ、武士の美学を理解する「通」への第一歩と言えるでしょう。 【鑑定書】 特別保存刀装具鑑定書(日本美術刀剣保存協会) 本作は、日本で最も権威ある鑑定機関の一つである公益財団法人日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により、令和4年(2022年)10月7日付で「特別保存刀装具」に認定されました。これは、日本の文化財として特に保存価値が高いと認められた作品であることを証明するものです。ご購入者様には、このオリジナルの鑑定書をお付けいたします。また、ご希望に応じて鑑定書内容の英訳PDFを作成することも可能です。 【運営】 侍ミュージアム(東京) 当館は東京に所在し、侍の歴史に関するアンティーク美術品を展示しております。侍ミュージアムショップでは……






後藤派
江戸
在銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 山城
現在325点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
【銘】大黒天図 【解説】 鑑定書によれば、本作の画題は「大黒天留守模様(だいこくてんるすもよう)」であり、後藤就乗および後藤光覧の二名による共作とされています。両名ともに江戸時代に隆盛を極めた装身具彫金の最高峰、後藤家に連なる名工です。就乗については詳細な伝記が乏しいものの、光覧は文化3年(1806年)に京都で五代目として生を受け、明治元年(1868年)に没したことが知られています。 意匠には、七福神の一柱である大黒天を象徴する「大根」と「打ち出の小槌」が配されています。大黒天は五穀豊穣の神として広く信仰され、その加護を願う者には、心の充足、財の充足、そして生活の充足をもたらすと伝えられています。頭巾を被り、左肩に大きな袋を背負い、右手には民話でも名高い打ち出の小槌を持つ姿が一般的です。福徳円満な笑みを浮かべ、大きな耳たぶを持つその姿は、古来より大根を好むことでも知られています。 地鉄には、日本伝統の金銅合金である「赤銅(しゃくどう)」が用いられています。烏金とも呼ばれる深く美しい黒の発色が特徴です。さらに地肌には、極小の鏨(たがね)を打ち込んで緻密な粒を整列させる「魚々子地(ななこじ)」が施されており、背景に奥行きと格調高い気品を添えています。 ※アンティーク品につき、状態については掲載写真にて詳細をご確認ください。 【小柄(こづか)とは】 小柄は、日本刀の鞘の側面に設けられた小柄櫃(こづかびつ)に納められる小刀です。多くの鍔には、刀身を通す中心穴(なかごあな)の脇に、小柄や笄(こうがい)を通すための穴が開けられています。これにより、武士は刀を抜くことなく、これらの道具を出し入れすることができました。当初は木を削るなどの工作用や、緊急時の武器として用いられましたが、実戦用というよりは日常の細工用ナイフとしての役割が主でした。 泰平の世となった江戸時代には、実用性よりも装飾性が重視されるようになり、金工師たちの手によって美術的価値の高い小柄や笄が数多く制作されました。 【刀装具の意義】 日本刀の装具には、鍔、目貫、縁頭など多岐にわたる意匠が凝らされています。刀装具は単なる武器の部品ではなく、持ち主の個性や信条、美意識を象徴するものでした。現代で例えるなら、スマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ写真を拡大してご覧ください。鉄や銅を主体とし、金、銀、四分一(しぶいち)などの色金を象嵌した精緻な彫金技術が見て取れます。特に鍔などは、その形状や重量感も一点ごとに異なります。刀本体と共に時代を歩んできたこれらの装具は、刀剣そのものに匹敵する価値を持つことも少なくありません。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそ、武士の美学を理解する「通」への第一歩と言えるでしょう。 【鑑定書】 特別保存刀装具鑑定書(日本美術刀剣保存協会) 本作は、日本で最も権威ある鑑定機関の一つである公益財団法人日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により、令和4年(2022年)10月7日付で「特別保存刀装具」に認定されました。これは、日本の文化財として特に保存価値が高いと認められた作品であることを証明するものです。ご購入者様には、このオリジナルの鑑定書をお付けいたします。また、ご希望に応じて鑑定書内容の英訳PDFを作成することも可能です。 【運営】 侍ミュージアム(東京) 当館は東京に所在し、侍の歴史に関するアンティーク美術品を展示しております。侍ミュージアムショップでは……






後藤派
江戸
在銘
特別保存 (NBTHK)
家彫 · 山城
現在325点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.