大森英満は、はじめ満蔵といい、横谷派の一流である大森派の家を江戸時代後期に継いだ金工である。本群四点の説明のうち三点は、彼を同家の有名工英秀の五男とし、父の通称喜惣次を継いで、長男の秀永などがいるにもかかわらず家督を相続したとする。うち二点は、五代目の秀永亡きあと六代目を相続したと思われると記す。一方、最も早い一点は「大森英満は英昌の五男で」とし、父を英秀ではなく英昌とする。父をいずれの当主とするかは説明の間で一致せず、多数の記述は英秀である。
四点の説明は、彼の位置を同じ評で記す。すなわち「父祖の彫法を守りながら時流の変化を受け入れて一門を繁栄に導いている」。素材は赤銅・四分一の魚子地、また大小鐔の一組では鉄石目地を用い、高彫・鋤出高彫に据紋象嵌、金・銀・赤銅・緋色銅の色絵を施す。
画題は大森家の家の画題である。赤銅魚子地の獅子図大小鐔は、大森派が得意とした獅子を大模様に配した力感あふれるもので、説明は獅子の顔や骨太のがっしりした姿態に「大森獅子の特色が見られる」とする。表は獅子が駆けまわる動の姿、裏は坐っている静の姿で、動と静の対照をあらわす。蓑亀図三所物では、小柄と笄の打ち寄せる波が悠々と伸びやかで「恰も潮騒が聞こえてくるようである」と評され、据紋象嵌と目貫の蓑亀は生気が溢れる。
銘の問題は彼に固有である。説明は「英満には満辰の代作が時折見受けられる」とし、英満銘は花押の形状によって読まれる。蓑亀図三所物は花押の形状から英満自身作であることがわかり、英満の傑作とされる。一方、七福神鶴亀図鐔は英満銘であるが、「大森満」の形状が満辰銘と同一で、花押は「辰」の字を意図して形成されていることから、弟子満辰の代作と判じられる。それでも説明は「英満の作に勝るとも劣らぬ出来映え」とし、師匠の銘を刻した傑作とする。
最新の一点、白鷺図大小鐔は、鉄石目地に鋤出高彫を施し、金象嵌色絵・銀据紋象嵌色絵で白鷺の姿を描写する。下絵は狩野洞白愛信によるもので、説明は当時の絵師との交流が窺える点で資料性が高いとし、「英満出色の出来映えを示している」と評する。
英満の指定作は四点で、いずれも重要刀装具である。大小鐔二組、鐔一枚、三所物一組で、すべて在銘であるが、うち一枚は説明が満辰の代作とするものである。特別重要刀装具はなく、所蔵者・伝来の記録もない。