大森英満は、大森派の有名工である英秀の五男として生まれ、はじめ満蔵と称した。後に父の通称である喜惣次を継ぎ、長男の秀永らがいたにもかかわらず、五代目の秀永亡きあと六代目を相続したと推測される。活動期は江戸時代後期にあたり、父祖の彫法を継承しつつも、時流の変化に応じた工夫を凝らし、一門の繁栄に貢献した。英満には満辰の代作が見受けられることがある。
英満の作風は、赤銅魚子地、鉄石目地といった素材に、高彫、鋤出高彫、据紋象嵌色絵、金象嵌色絵、銀据紋象嵌色絵といった技法を駆使し、獅子、白鷺、蓑亀など多様な意匠を表現する。大森派が得意とした獅子を題材とした作品においては、獅子の顔や骨太のがっしりとした姿態に大森獅子の特色が見られる。また、絵師との交流も窺え、狩野洞白愛信による下絵を用いた作品も存在する。作風の特徴として、大胆な構図と細やかな彫口の対比、動と静の対照的な表現が挙げられる。
英満の作品は、大森派の伝統を守りながらも、時流に合わせた独自の工夫が評価されている。特に、質感豊かな鉄地や、生き生きとした表現、多彩な彫口などが特徴であり、「英満出色の出来映え」と評される。また、据紋象嵌の出来栄えや、個々の表情の精悍さも高く評価されており、その作品は「英満の傑作」と称される。