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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘流派
  1. 流派
  2. 水心子正秀
  3. 助政

Suishinshi Masahide Sukemasa

助政

重要
巻 26, 番 347 · 刀

Suishinshi Masahide Sukemasa

助政

評価作品8点

国常陸時代Bunka (1804–1818)時代区分江戸流派Suishinshi Masahide伝法Shinshinto藤代Jo saku刀工大鑑300(上位60%)種別刀工コードSUK214
8重要刀剣

概要

直江助政は通称を新八あるいは新蔵といい、常陸国水戸の刀工で、新々刀復古の盛んな頃に水戸藩に抱えられた。説明書はその地位を、一口ごとにほぼ同文で繰り返す一文に定める。すなわち「市毛徳隣と共に常陸国水戸の新々刀を代表する刀工である」と。その経歴はこの復古の典型をたどる。水戸台町に住し、大坂に出て尾崎助隆の門に学び、帰国の後、文化六年(一八〇九)に市毛徳鄰とともに水戸藩工となった。文化・文政の年に作刀し、年紀のある刀は文化六年(一八〇九)から文政八年(一八二五)に及び、天保五年(一八三四)享年七十歳で歿している。藤代の極めでは上作、新々刀期の確かな刀工であり、その作はほとんどが、生ぶ茎に水戸風の長銘を切る在銘の刀として伝わる。

その手は二つの承けた作域に分かれ、説明書は一口ごとにこれをほぼ同文で述べる。すなわち「師風を継いだ濤瀾乱れと、井上真改風の直刃調のものとがあるが、後者の作柄を得意としたものか、総じて多い」と。得意の作域が、見る者がまず出会うものである。よくつんだ小板目の上に直刃調の浅いのたれを焼き、時に腰元へ互の目を交え、匂深く、小沸厚く、匂口明るく冴え、足入り、砂流しかかる。帽子は直ぐに小丸。鑑者はこれを大坂の井上真改を狙った写しと読み、その作域を成功と呼ぶ。文化の刀の一口は端的に真改写しの典型作と題され、晩年の一口は「真改を髣髴とさせる直江助政の傑作」と賞される。もう一方の作域は助隆より承けた濤瀾乱で、波濤の刃を創始した津田越前守助広の系より、師助隆を経て伝わる大坂伝の規則的な乱れである。濤瀾の作と読まれる刀では、説明書はこれを真改風の直刃に対する名指しの一方として、より多く焼いた出来ではないとし、実直な直刃と読む刀では「直刃調の汚れ刃を焼いて上手」と評する。

両作域の下の地鉄は、よくつんで冴えた小板目で、地沸が細かにつく。最も充実した作、文政八年紀の最晩年の二口では、その鍛えが最も豊かである。地沸が微塵に厚くつき、地景が細かによく入り、杢を少し交え、一口には刃区下より斜めに水影が立つ。そこでは直ぐに焼き出し、その上を直刃調の浅いのたれとして足長く入り、匂深く、沸厚く、処々荒めの沸を交えてややむらとなり、金筋・砂流し細かにかかり、刃縁にほつれ、上半に淡く棟を焼く。帽子は直ぐに小丸に深く返って先掃きかける。匂深はその作の常で、全ての説明書に記され、最晩年の作では鑑者が「匂深で、刃中がよく沸づいている点が注目される」とその見どころを挙げる。

その作の記録は、ほとんどが在銘・年紀であるために、ことに明確である。記録に残る八口はいずれも刀、いずれも在銘で、いずれも年紀を持ち、一口ごとに一年の内に位置づけられ、その発展を追える。文化の作は真改風の直刃・のたれに傾き、最も早い文化六年紀の刀もそのうちにあり、文政の作は幅広く武張った晩年の姿を与える。銘そのものが帰郷を負う。文化の刀は水戸住直江助政と切り、文政八年の二口は常州水府住直江助政と切って、水戸の城下を直に名指す。説明書はその晩年の体配を同国の典型と読み、「幅広・大鋒で、長寸、重ね厚の武張った体配は、水戸刀に多く見受けられる」とし、この造込みの長寸は同作にまま経眼するとする。記録に残る最長の一口は九十糎を優に超える。

一門の中で、彼はまず師と相弟子を通して読まれる。尾崎助隆は、その刀に尾崎源五右衛門助隆、尾崎長門守助隆と記される大坂の名工で、自身が濤瀾乱と真改風の直刃の両方を焼いており、説明書は繰り返し助政が師に似て両者に上手とする。助政はほぼ全ての説明書で市毛徳鄰と対にされる。徳鄰は助隆のもとにともに学び、ともに帰り、文化六年にともに抱えられた相弟子の水戸の刀工であって、両者は常陸国を代表する新々刀の刀工として並び称される。彼自身の明るい匂口と、真改風の直刃の匂深とがその作を際立たせ、写しの井上真改への近さが鑑者の繰り返し用いる尺度であって、その地位は、独自の新たな展開によるよりも、大坂のこの作域をいかによく水戸の刀に移したかに拠る。

その刀はほとんどが水戸藩の権威を背に持ち、数口はその歴史を銘に負う。文化十一年(一八一四)紀の刀の一口は、水戸の烈公の子慶篤の命によって後楽園において鍛えられた旨の添銘を持ち、藩命のもとに作られた入念の作である。もう一口の文化十一年の刀は、当時神道無念流をもって水戸藩剣術指南役をつとめた宮本左一郎の注文によって作られた。文政八年の刀の一口は、天保六年(一八三五)水府侯より拝領した旨の切付銘を後に加えられ、藩よりの拝領が刀身そのものに残る。藤代の極めでは上作の刀工であり、その作は新々刀期の水戸の確かな刀工の中に立つ。国宝はなく、重要文化財もなく、記録に残る八口は重要刀剣の級にある。年紀と在銘とを備えて、当時の藩工としては類いまれに読み取りやすい一群をなす。その他の伝来は水戸藩そのものと、名のある所蔵機関よりは永く私蔵されてきたものにある。在銘・年紀の助政の刀は重要刀剣の級にあって、取引されるよりは蔵されることが多く、一個人の蔵には時に、また待てば現れ、現れれば新々刀復古の水戸の一翼の、明確によく記録された一例となる。

鑑定

説明書自身がほぼ同文で繰り返す二作域の型。師尾崎助隆より承けた濤瀾乱と、得意としてより多く焼いた井上真改風の直刃とが並び立つ。この作域の分かれに直交して、文政期の幅広・長寸・重ね厚・大鋒の水戸の体配が立つ。全体は生ぶ茎に切られた長銘と年紀によって時を定められる

直江助政は通称新八あるいは新蔵といい、新々刀期の水戸の刀工で、説明書は市毛徳鄰とともにこれを常陸国を代表する刀工とする。水戸台町に住し、大坂に出て尾崎助隆の門に学び、後に水戸へ帰り、文化六年(一八〇九)徳鄰とともに水戸藩工となり、天保五年(一八三四)享年七十歳で歿した。その作風は一口ごとにほぼ同文で繰り返される二つの作域に分かれる。すなわち師風を継いだ濤瀾乱、大坂伝の波濤の刃と、井上真改風の直刃、直刃調に浅くのたれた刃であって、後者を得意とし、相対的に多いと諸書は説く。よくつんだ小板目に細かな地沸のつく地鉄の上に、直刃調の浅いのたれを焼き、匂深く、小沸厚く、匂口明るく、足入り、砂流しかかり、帽子は直ぐに小丸となるのがその本領である。文政八年(一八二五)紀の最晩年の刀は、幅広・長寸・重ね厚・大鋒の、説明書が水戸刀に典型と呼ぶ武張った体配を示し、真改写しの作は成功した写しとして賞される。

鑑定の決め手

直刃調の作は corpus の四分の三に現れ、説明書はこれを得意とし相対的に多く焼いたとする。助政はまず真改風の直刃として読まれ、次いで濤瀾として読まれる

濤瀾は八口中五口に作域の一方として名指される。津田助広の系から尾崎助隆を経て伝わる大坂の波濤の刃であって、直刃に対する名指しの一方であり、より多い出来ではない

作品の100%

作品の25%

作風の変遷

真改風の直刃、得意の本領(corpus の大半)

得意の作域で、説明書は二作域のうち相対的に多いとする。よくつんだ小板目の上に直刃調の浅いのたれを焼き、足・砂流しの入るもので、繰り返し井上真改を狙った写しと名指され、成功作と評される

説明書が得意としてより多く焼いたとする作域。直刃調に浅くのたれた刃を焼き、時に腰元へ互の目を交え、匂深く、小沸厚く、匂口明るく冴え、足入り、砂流しかかる。帽子は直ぐに小丸。鑑者はこれを大坂の井上真改を狙った写しと読んで成功と呼び、その一口を真改写しの典型作とする。師尾崎助隆自身が濤瀾と真改風の直刃の両方を焼いており、助政は繰り返し師に似て両者に上手とされ、就中この直刃の側を最も深く承けた。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

師助隆より承けた濤瀾乱

尾崎助隆より承けた作域で、大坂の波濤の刃。corpus では真改風の直刃に対する名指しの一方であって、ほぼ全ての説明書が直刃と対にして二作域とする

直刃の傍らに、師より承けた濤瀾乱、すなわち尾崎助隆を経て伝わる大坂伝の規則的な互の目のたれの波濤が並走する。説明書はほぼ全ての文でこれを二作域の一方として名指し、時に濤瀾刃の創始者である津田越前守助広風の濤瀾と呼ぶ。濤瀾の作と読まれる刀では、鑑者はこれを真改風の直刃に対して相対的に少ない側とするが、数口の刀は端的に濤瀾乱の作例と題される。匂深く小沸厚く匂口明るい点は両作域を貫き、変わるのは刃の起伏、すなわち波濤の乱れか直刃調かである。

刃文 Hamon

文政期水戸の体配(最晩年の年紀刀、文政八年)

文政八年(一八二五)紀の二口の刀で、常州水府の長銘を切る。幅広・長寸・重ね厚・大鋒の、説明書が水戸刀に典型と呼ぶ体配であって、最も充実した地鉄と返り深く先掃きかける帽子を示す

最晩年の二口、いずれも文政八年紀の刀で、常州水府住直江助政の長銘を切るものは、最も充実した造込みを示す。身幅広く、長寸、重ね厚く、大鋒の、説明書が水戸刀に特徴的と呼ぶ武張った体配で、長寸の造込みをまま経眼するという。よくつんだ小板目に地沸が微塵に厚くつき、地景が細かによく入り、一口には刃区下より斜めに水影が立つ。直ぐに焼き出し、その上を直刃調の浅いのたれとし、足長く入り、匂深く沸厚く、処々荒めの沸を交え、金筋・砂流し細かにかかり、淡く棟を焼き、帽子は直ぐに小丸に深く返って先掃きかける。説明書はこれを真改風によく成功した作と読み、就中、匂深で刃中のよく沸づく点を挙げる。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
水影
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

経歴は説明書のほぼ定型句である。通称新八あるいは新蔵、市毛徳鄰とともに大坂の尾崎助隆に学び、水戸へ帰って文化六年に徳鄰とともに水戸藩工となり、台町に住し、天保五年に享年七十歳で歿す。

二作域の型は一口ごとにほぼ同文で述べられる。作風は師風を継いだ濤瀾乱と井上真改風の直刃調ののたれとがあり、後者を得意とし、相対的に多いと諸書は説く。

その地位は同じ繰り返しの一文に定められる。市毛徳鄰とともに常陸国を代表する新々刀の刀工と名指され、大坂に学んでともに水戸に仕えた両工とされる。

真改風の作については、鑑者は匂深で刃中のよく沸づく点を注目すべき所とし、これを大坂の名工を狙った成功した写しと読む。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品—
御物—
特別重要刀剣—
重要刀剣8

名工ランク

0.06 (指定作品8点)

刀工の上位21%

伝来

伝来記録1件 の鑑定作品における Sukemasa

伝来ランク

名家所蔵0点、伝来記録1件

刀工の上位48%

素点:2.00 / 10

刀姿

評価作品8点の分布

銘

評価作品8点の銘の種類

販売中

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