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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 水心子正秀
  3. 正秀

Suishinshi Masahide

正秀

重要
巻 17, 番 276 · 刀

Suishinshi Masahide

正秀

評価作品28点

国武蔵時代Tenmei (1781–1789)時代区分江戸流派Suishinshi Masahide伝法Shinshinto代1st藤代最上作刀工大鑑850(上位11%)種別刀工コードMAS102
1重要美術品
3御物
24重要刀剣

概要

水心子正秀は、寛延三年(一七五〇)出羽国赤湯に川部儀八郎として生まれ、初め鈴木宅英、のち英国と銘し、武州下原の鍛冶吉英に学び、安永三年正秀と改め、山形秋元家に仕え、のちに江戸浜町に移って、文政八年七十六歳で歿、作刀は約五十年に及んだ。彼は新々刀の祖にして、刀はすべて鎌倉の昔に復すべしとする復古刀運動の主唱者である。その物語で最も重きをなすのは、彼が育てた者たちであろう。多くの門弟のうちに、復古刀論を実地に示した大慶直胤、のちの二代正義細川守秀が立つ。説明書は正秀自身の才のありかについて珍しく率直であり、それは彼が唱えたことで知られる理論にはなかった。

その典型の手は大坂写しで、壮年の頃まで大坂新刀の名工に私淑して作ったものであり、説明書はこれを彼の最も優れた作と呼ぶ。よくつんでしばしば無地風に約む小板目に地沸厚くつき、その上に津田助広の濤瀾風の大互の目を波のごとくに焼き、多く直ぐに長く焼出し、足入り、匂深く匂口明るい。いま一つの大坂の作風は、井上真改・直改に倣う直刃・広直刃調で、匂深く沸よくつき、稀に一竿子忠綱を思わせるものもある。最上の写しにも終始あらわれる見どころは変わらない。無地風の地へ刃中から黒味がちの荒い粒の沸がこぼれるのである。説明書は真改をねらった一口にこれを「彼の手癖が見られる」と名指し、助広の濤瀾の一口には「これにもその手癖が示された典型的な一口」と記す。

地鉄はこのすべての変わらぬ地である。小板目が細かによくつみ、しばしば無地風の平らかさに近づき、地沸がよくつき、処々やや叢となる。説明書は鉄を綺麗で冴えると称え、すぐにそれを限定する。真改写しについて、地がねは綺麗ながら「黒ずんだ荒沸がつき」、「めくらがねに近く」、地肌があらわれぬ盲人がねに近いと書く。その地の上に刃文は匂深く沸よくつき、多く荒めで、帽子は直ぐに小丸、時に焼深く丸く、稀に玉を一つ焼く。本来の古刀の映りは彼の引出しにはなく、乱れ映りは初期の一口にのみ名指されるに留まり、後に弟子が地に甦らせたごとき確かな映りではない。

その記録は二つの面に明瞭に分かれ、説明書はその区分に語らせる。前者の大坂写しを彼の強みとし、後者の理念の歳月の復古刀をより冷静に扱う。備前伝は終始焼刃が浅く、のたれに互の目・時に尖りごころの刃を交え、一口は箱がかったのたれに矢筈風の刃を交え僅かに飛焼かかる。相州伝は五郎正宗に私淑して五郎正秀と称した敬意に示されるとおり、流れてやや肌立つ板目の上にのたれに互の目を交え、砂流しかかる。正直な時代色はそのすべてを貫き、古備前のごとき純然たる匂出来ではなく総体に荒い沸がつく。ある助広写しについて極めは、初期の大坂写しと晩年の復古刀との間で、「出来はむしろ前者に佳作を見る」と記す。在銘・有年紀で、楷書にも草書にも切り、年ごとに変化に富むその銘は、彼を新々刀の名工のうちでも最も正確に知り得る一人とする。

ゆえに彼を分かつのは鑑定の難問ではなく、系統のうちの率直な位置である。彼は復古の頭に立つ師であり、説明書はその役を飾らない。備前伝・相州伝について「その技は弟子の大慶直胤に及ばない」と明記する。その見どころはほかにある。典型の明るく華やかな濤瀾と広い真改の直刃、そして近い大坂写しの背後にも連衆の手を読ませる地へこぼれる荒い沸である。最上の写しは本科に近く、説明書はこれを「殆んど本科に迫るものがある」とし、ある天明の一口を「いわゆる大坂写しの傑出の一口」と呼ぶ。理念よりもこの写しの精緻さこそ、記録の称えるところである。

収集の観点では、正秀は鑑定の難問ではなく、在銘・有年紀の開かれた一書である。藤代の極めは上々作。国宝はなく重要文化財もなく、その記録は重要刀剣と戦前の重要美術品を通じ、約二十五口の指定作のうち二十四口が重要刀剣の級にあり、いずれも安永から文化に亘る在銘・有年紀の作である。来歴の知れるものは僅かで、嘉永ならぬ享和三年紀の重要美術品の刀一口は皇室・宮内省を経て滋賀の財下郷共済会に伝わり、その藩工としての務めは山形秋元家に結びつく。説明書はその傑作を名指し、初期天明の刀を「いわゆる大坂写しの傑出の一口」と呼び、金象嵌の双龍の銘をもつ珍しい大小を「同作中の優品」とし、仙台十代国包やのちの二代正義細川守秀との珍しい合作を好資料として賞する。多作にして在銘ゆえ、正秀は鎌倉の大名跡のごとく手の届かぬものではない。在銘・有年紀の大坂写しは時に上級に世に出るところで、その一口を得ることは、江戸の作刀が古作へと向き直ったその時を、向き直らせた人の手のうちに蔵することである。

鑑定

説明書自身が分かつ二つの面に読む一つの在銘の復古の手:典型の大坂写し、津田助広の濤瀾風の大互の目あるいは井上真改の直刃を、無地風につんだ小板目の上に焼き、地へこぼれる荒い沸を終始の手癖とする;そして晩年の理念に発する復古刀、焼刃の浅い備前伝の丁子と相州伝で、説明書は弟子直胤の作より劣ると評する

水心子正秀は新々刀の祖にして復古刀運動の主唱者であり、寛延三年出羽国赤湯に生まれ、通称を川部儀八郎、姓は藤原という。初め鈴木宅英・英国と銘し、武州下原の鍛冶吉英に学び、また相州綱広の門に入ったとも伝え、安永三年正秀と改め、山形秋元家に仕えのち江戸浜町に移り、多くの門弟(大慶直胤・のちの二代正義細川守秀ら)を育て、著書も多く残し、文政八年七十六歳で歿、作刀は約五十年に及ぶ。その記録は二つの面に明瞭に分かれ、説明書は前者の方が出来優れると率直に記す。壮年の頃までの天明・寛政・享和の頃は大坂新刀の名工に私淑し、説明書がいわゆる大坂写しと呼ぶ作を焼いた。よくつんで無地風となる小板目に地沸厚くつき、その上に津田助広の濤瀾風の大互の目を焼き、あるいは井上真改・直改に倣う直刃調を焼き、匂深く匂口明るい。ここでも彼の手を露わすのは、刃中から地へこぼれる黒味がちの荒い沸で、説明書はこれを彼の手癖とする。晩年には復古刀論を唱え、刀はすべて鎌倉の昔に復すべしとして古刀各伝を手がけ、焼刃の浅い備前伝の丁子や相州伝を試みたが、説明書はその復古の技が弟子大慶直胤に及ばず、傑作はむしろ初期の大坂写しに見ると明記する。生ぶ茎・長銘の太刀刀に終始する在銘の工であり、その問題は極めにあらず、新々刀全体を興した師としての位置にある。

鑑定の決め手

晩年の復古刀備前伝(焼刃浅く濤瀾なし)にはない特徴

大坂の本科(助広・真改、地清い)にはない特徴

作風の変遷

大坂写し(最も得意・助広の濤瀾と真改の直刃)

本工の典型にして、説明書が最も出来優れる時期と呼ぶのは、壮年の頃まで大坂新刀の名工に私淑して焼いた、いわゆる大坂写しの作である。姿は身幅広く反り浅い刀で、中鋒延びごころとなり、平肉の乏しさを説明書は本科との相違点とする。地鉄はよくつんだ小板目で、しばしば無地風に約み、地沸厚くつく。その上に、あるいは津田助広の濤瀾風の大互の目を波のごとくに焼き、多く直ぐに長く焼出し、足入り、匂深く、小沸ないし荒めの沸つき、匂口明るく冴える。あるいは井上真改・直改に倣う直刃・直刃調を焼き、匂深く沸よくつき、稀に一竿子忠綱風のものもある。帽子は直ぐに小丸、時に焼深く丸く、玉を焼くこともある。最上の大坂写しにも終始あらわれる手癖は、刃中から地へこぼれる黒味がちの荒い粒の沸で、説明書はこれを繰り返し彼の手癖と呼ぶ。彫物は時に忠綱に迫り、倶利迦羅・棒樋・護摩箸を見る。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

復古刀(晩年・焼刃の浅い備前伝と相州伝)

記録の後者の面は、晩年に転じた復古刀の作で、刀はすべて鎌倉の昔に復すべしとの説を唱えて古刀各伝に取り組んだ時期である。備前伝は終始焼刃が浅く、のたれに互の目・時に尖りごころの刃を交え、足入り、匂深く小沸つく。一口は箱がかったのたれに矢筈風の刃を交え僅かに飛焼かかる。相州伝は古名工に範をとり、五郎正宗への私淑(五郎正秀と称した)に示されるとおり、のたれに互の目を交え、板目流れてやや肌立ち、地沸つき砂流しかかる。この復古の作に説明書が引く時代色は正直で、古備前のごとき純然たる匂出来ではなく総体に荒い沸がつき、その復古の技は弟子大慶直胤に及ばず、むしろ初期の大坂写しに優れたと率直に記す。乱れ映りは初期の一口にのみ名指されるに留まり、後に弟子が甦らせたごとき確かな古刀の映りではない。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

説明書は、正秀が復古刀の説を唱えて刀はすべて鎌倉の昔に復すべきであるとし、備前伝・相州伝を試みたが、その復古の技術が弟子の大慶直胤に及ばなかったこと、むしろ大坂新刀に私淑して作った初期の作に傑作があることを記す。

助広写しの一口について説明書はその手癖を的確に名指す。無地風に近い鍛えのうちに黒味がちの荒い粒の沸が刃中から地へこぼれるのを、この手における彼の典型的な見どころとする。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品1
御物3
特別重要刀剣—
重要刀剣24

名工ランク

0.10 (指定作品28点)

刀工の上位18%

伝来

伝来記録5件 の鑑定作品における Masahide

伝来ランク

名家所蔵3点、伝来記録5件

刀工の上位18%

素点:2.11 / 10

刀姿

評価作品28点の分布

銘

評価作品28点の銘の種類

販売中

系譜

Masahide
弟子(26名)
  1. 1.直胤Naotane14 販売中40指定
  2. 2.紹房Akifusa
  3. 3.紹秀Akihide
  4. 4.紹芳Akiyoshi
  5. 5.昭秀Akihide
  6. 6.昭道Akimichi
  7. 7.秋秀Akihide
  8. 8.有宗Arimune
  9. 9.英吉Teruyoshi
  10. 10.秀國Hidekuni1指定
  11. 11.弘元Hiromoto1 販売中
  12. 12.一秀Isshu1 販売中
  13. 13.包倉Kanekura
  14. 14.包光Kanemitsu
  15. 15.包壽Kanetoshi
  16. 16.包壽Kanetoshi
  17. 17.兼廣Kanehiro
  18. 18.國秀Kunihide
  19. 19.國秀Kunihide
  20. 20.國良Kuniyoshi
  21. 21.正義Masayoshi4 販売中2指定
  22. 22.昌直Masanao2指定
  23. 23.旨秀Munehide
  24. 24.貞秀Sadahide
  25. 25.貞吉Sadayoshi
  26. 26.綱英Tsunahide2 販売中1指定

Suishinshi Masahide派

Suishinshi Masahide派の他の刀工

  1. 1.直胤Naotane14 販売中40指定
  2. 2.助政Sukemasa1 販売中8指定
  3. 3.直勝Jirotaro Naokatsu1 販売中6指定
  4. 4.正義Masayoshi5指定
  5. 5.正次Masatsugu4指定
  6. 6.綱俊Tsunatoshi5 販売中3指定
  7. 7.正守Masamori1 販売中3指定
  8. 8.昌直Masanao2指定
  9. 9.秀國Hidekuni1指定
  10. 10.直勝Naokatsu1指定
  11. 11.宗次Munetsugu1指定
  12. 12.正義Masayoshi4 販売中2指定