柳川直政は、元禄五年(1692年)に江戸で生まれた。通称は初め平次郎、後に三左衛門と改めた。横谷宗珉に師事し、一門の逸材として活躍して一派を興した。養子の二代直光、三代直春をはじめ、一門に柳川直克、菊池序克などが出て柳川派の繁栄はめざましいものがあった。
柳川派の作風は横谷式の赤銅魚子地に高彫色絵の工法を伝承している。直政の作品は師を彷彿とさせるものがあって、力強く堂々としている。作域は広く、縁頭、鐔、小柄、笄などの小道具に優品が多い。赤銅魚子地に高彫を施し、金、銀、色絵を交えた作風を特色とする。その彫技は肉厚で力強く、躍動感に溢れる表現を可能としている。作風はいかにも後藤風であり、鏨がこまかく入念な作風を示すものもある。
直政の作品は、「直政の真価が存分に発揮された優品」、「直政得意の高肉彫りと据紋象嵌色絵を駆使した、手の切れるような状態の作品」、「師の作風を彷彿させるものがあって、力強く堂々としている」と評されるように、師である宗珉の作風を継承しつつも、独自の彫法を駆使し、柳川派を確立し名声を博した。その作品は、江戸金工における重要な位置を占めている。