正景(マサカゲ)は池正光の長男で、はじめ父に鍛刀の手ほどきを受け、後に伯耆守正幸の門に学んだ。池家は島津家一門である加治木島津家の家臣であり、正景は成業後、隅州加治木(柁城)に住し、加治木島津家の抱え工として活躍した。文政期(一八一八〜一八三〇)を中心に作刀し、長男正路もまた業を継いでいる。
作風は、姿は鎬造、庵棟、身幅尋常ないし広めに、元先に幅差つき、反り浅めにつき、中鋒延びる体配を示す。鍛は小板目肌つみ、地沸厚くつき、処々荒めの地沸を交え、地景風の黒い変わりがね入る。刃文は頭の丸い互の目を主調に小のたれ・互の目・尖りごころの刃などを交じり、足入り、匂深く、沸厚くよくつき、荒めの沸を交え、沸筋・砂流ししきりにかかり、金筋入り、僅かに棟を焼き、匂口明るい。帽子は乱れて小丸ないし火焔風となり、掃きかけ、湯走り風の小さな飛焼を交えるものもある。総じて師正幸が最も得意とする志津風の作域をあらわしている。
師伯耆守正幸の作風をよく継承した会心の出来を示し、就中、鍛えが一段と精美である点が注目される。常々の同作に比して、焼刃の刃取りが穏やかで、荒沸や沸筋がさまでに目立たないなど、上品な作柄に仕上げられた一口は、師正幸の傑作に比肩する出来栄えを示し、同工の代表作として位置づけられる。薩摩末期の刀工として、師風を忠実に伝えた品格の高い作を遺した正景は、新々刀期における同派の代表的工人の一人である。