鵜飼

Juyo
23, 205
備前伝法備前伝コードNS-Ukai
国宝
重要文化財13
重要美術品26
御物2
特別重要刀剣11
重要刀剣225
277指定品総数
6名工数
38%在銘 38%
100%名工帰属 100%
10現在の出品
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概要

備前国宇甘庄、後に鵜飼とも書かれた地に、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて、名に皆「雲」の字を冠する刀工の一群が住した。その居住地から宇甘派あるいは鵜飼派と呼ばれ、銘字の特徴から雲類とも称される。一派の事実上の祖は雲生で、これに雲次、雲重が続く。銘鑑は雲次を雲生の子あるいは弟と伝え、雲重を二代雲生の子とする。雲生には年紀作が現存せず、一派の年代の拠り所はもっぱら雲次の正和・文保・建武の年紀作にあり、雲重に至って文和・貞治・応安の年紀が加わる。雲生・雲次の代に京に上って山城鍛冶に学び、後醍醐天皇の御番鍛冶を勤めたと伝え、雲次には茎に十六葉の菊花紋を刻した太刀があって、宮中との関係を考えさせる稀有な作とされる。その作風は同時代の長船本流と趣を異にし、備前伝の中に山城風が混在し、隣国備中青江派の影響も少なからず受けて、備前物中異色の存在と評される。

作風はいずれも直刃を基調とする点で一致し、これが丁子を焼く長船本流との分かれ目となる。太刀姿は身幅尋常で反りが輪反りごころとなり、同時代の長船物が腰反りを呈するのに対し均整のとれた反り格好を示して京風を帯び、生ぶのものには踏張りが残る。刃文は細直刃ないし中直刃に小互の目・小丁子・小乱れを交え、足・葉がよく入って青江風に逆がかり、処々に角張る刃や陰の尖り刃を見せる。匂口は締まりごころに小沸つき、時に沈みごころとなって金筋・砂流し・ほつれがかかる。帽子は丸く返って尖らず、これを雲類の見どころとする。鍛えは板目に杢を交えてやや肌立ち、約んだものは小板目となり、地沸つき地景細かに入って鉄色はやや黒みがかる。地には指の腹で押したような黒い地斑の映りが立ち、これを同派独特の見どころとする。銘は棟寄りに切り、「生」「次」等の銘字に逆鏨を用いるのが一派共通の手癖である。もっとも三工の間には差異もあり、雲生は焼きが低く働きがやや寂しく、雲次は焼幅広く沸強く足・葉が目立ち、雲重は大和の風情を加味してほつれ・喰違刃・打のけを交え、最も傾いた作では鍛えが殆ど柾となって帽子が焼詰めとなる。

鑑定の勘所は、まず一派が備前物の中で最も京物に近いという座標にある。直刃は来物の格に達して紛れることがあり、足は青江風に逆がかり、年紀のある静かな直刃の作はしばしば一見青江に紛れる。しかも地には鮮明な乱れ映りが立って生国備前の趣が濃く、青江気質を帯びた作でも帽子は丸く返るところに同派の証が残る。派内の見分けは焼きをもって分かたれ、雲生の力強い作は雲次に近づき、雲重は相伝の影響を受けてこれを南北朝へと押し進めた。一派は薙刀の製作にも巧みで、雲次・雲重と極められた無銘の薙刀直しが少なからず存し、直しに際して鋒の棟を削いだため帽子が自然焼詰めとなり、薙刀樋に添樋の彫が残ることが多い。主要工としては、一派の祖にして焼き低く京物に近い作風を示す雲生、正和以下の年紀作を遺して一派の年代を支え沸の働きに長じた雲次、年紀作をもって南北朝中期に確と据わり大和を加味した雲重の三工が柱をなし、ほかに雲重らに連なる工が一派を支える。在銘作は雲類の中では比較的多いものの、その大半は秘蔵されて市に現れることは稀であり、無銘の磨上や薙刀直しに対して生ぶ茎在銘の太刀は一段と稀有である。伝来の録された作は旧家や機関に伝わり、上杉景勝御手選びに数えられた菊紋の太刀、武田信虎の所持銘を切付けた雲次の太刀など、銘文の資料性において貴ばれるものが含まれる。

指定

277 指定 · 6 名工数

指定の位置づけ

重み付け指定指数 0.60(指定 277 点)

流派中 上位13%

2026/6/17 時点

伝来

伝来記録のある作品 28 点

伝来の位置づけ

伝来指数 3.08(伝来 28 点)

流派中 上位20%

主要工

上位指定の希少度で順位付け

  1. 1.雲生1303-130674
    流派内 26.7%
  2. 2.雲次1315-1335138
    流派内 49.8%
  3. 3.雲重1352-137560
    流派内 21.7%
  4. 4.守次1338-13422
    流派内 0.7%
  5. 5.利長1317-13191
    流派内 0.4%
  6. 6.守次1321-13241
    流派内 0.4%

現在の出品