)、反り 0cm(なし)、元幅 2.06cm、元重ね 0.93cm、目釘孔 1個、刀身重量 199.5g、白鞘全長 52cm 姿は、平三角造、身幅・重ね尋常、頭は張らず、けら首は六角でやや長く、区下は表がWの字形、裏がVの字形に似る。 刃文は、互の目乱れ、尖り刃を交え、足・葉入り、よく沸づき、金線・砂流しかかり、飛焼き入る。 姿の良い、地刃の出来よく楽しめる槍です。尾州住大道と切る刀工は銘鑑漏れですが、上手な刀工ですので今後の研究が俟たれます。小助川光顕は、幕末期に矢島藩士として活躍した人物で、明治維新後には法曹の道に進みます(*1)。判事として各地を転任し、明治32年に赴任した札幌では カトリック山鼻教会の設立などにも奔走し(*2)、晩年の大正期には刀剣の鑑識においても優れていたことが知られています(*3)。本作は、小助川光顕が「雅兄」と慕う生駒大飛画伯に贈った作品であることが、鞘書きからわかります。刀袋も当時のものが残っており、袋の裏地に鞘書きと同じ墨書きがあります。生駒大飛(1857 - 1922)はもと本荘藩士、父までは家老職を歴任した家系で、詩文を京都で南画を大阪で学びます(*4)。主な作品に「酒田大震災実況図」(酒田市指定文化財)などがあります(*5)。本作は、幕末明治の時代を共に生きた愛刀家たちの交流の一端を垣間見せてくれる歴史資料であり、なぜ本作が記念の品として選ばれたのかが興味深く思われます。
)、反り 0cm(なし)、元幅 2.06cm、元重ね 0.93cm、目釘孔 1個、刀身重量 199.5g、白鞘全長 52cm 姿は、平三角造、身幅・重ね尋常、頭は張らず、けら首は六角でやや長く、区下は表がWの字形、裏がVの字形に似る。 刃文は、互の目乱れ、尖り刃を交え、足・葉入り、よく沸づき、金線・砂流しかかり、飛焼き入る。 姿の良い、地刃の出来よく楽しめる槍です。尾州住大道と切る刀工は銘鑑漏れですが、上手な刀工ですので今後の研究が俟たれます。小助川光顕は、幕末期に矢島藩士として活躍した人物で、明治維新後には法曹の道に進みます(*1)。判事として各地を転任し、明治32年に赴任した札幌では カトリック山鼻教会の設立などにも奔走し(*2)、晩年の大正期には刀剣の鑑識においても優れていたことが知られています(*3)。本作は、小助川光顕が「雅兄」と慕う生駒大飛画伯に贈った作品であることが、鞘書きからわかります。刀袋も当時のものが残っており、袋の裏地に鞘書きと同じ墨書きがあります。生駒大飛(1857 - 1922)はもと本荘藩士、父までは家老職を歴任した家系で、詩文を京都で南画を大阪で学びます(*4)。主な作品に「酒田大震災実況図」(酒田市指定文化財)などがあります(*5)。本作は、幕末明治の時代を共に生きた愛刀家たちの交流の一端を垣間見せてくれる歴史資料であり、なぜ本作が記念の品として選ばれたのかが興味深く思われます。