説明

刃長39.65センチ 反り0.84センチ 元幅27.5ミリ 元重ね6.5ミリ 物打幅23.9ミリ 物打重ね5.2ミリ 横手位置幅22.4ミリ 松葉先重ね4.9ミリ 裸身重量363グラム。 鎌倉末期 The last years of Kamakura era 昭和55年5月22日 東京都登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅地下貝銀着上貝金着はばき、白鞘 大和五派(当麻・保昌・手掻・尻懸・千手院)中、尻懸派は則長を事実上の祖として大いに繁栄した、現在の奈良県天理市岸田町尻懸の刀工郡で、尻懸との名の由来は大和神社の神輿が休息する為に設けられた四角い台石(尻懸石)からきています。 尻懸派の事実上の祖とされるのは、則弘の子と伝えられる初代則長で、文保三年(1319)48歳の行年銘が入った作品や暦応三年(1340)69歳の行年銘が入った作品が残されており、それによって逆算すると、文永9年の生まれであることが窺がえます。 この時期の大和物は地鉄が極めて精美な作が多く、尻懸派の特徴としては、鎬が高く、鎬幅広く、板目が流れごころで刃文は直刃基調ながら小互の目が連れて焼かれている点が挙げられます。 この刀は太刀或いは大太刀を大磨上にしたもので、切先が大きく延びた体配から、鎌倉時代最末期から南北朝初期にかけての作と鑑せられ、特筆すべき疵欠点無く、匂口明るく冴えた直刃には、大和気質を感じさせる解れ風の刃が交じり、互ノ目や互ノ目足も見られ、無銘ながらも見所満載の出来口。特別保存刀剣鑑定も容易く合格することでしょう。いずれは重要刀剣指定も目指したい名刀です 。 現在は伝尻懸と極められていますので、再度、上研磨を施して特別保存刀剣鑑定を御受審頂くと、極め変えも期待できそうです。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

無銘(伝尻懸) - Mumei(Den Shikkake) - 3-477

無銘(伝尻懸) - Mumei(Den Shikkake) - 3-477

脇差

¥440,000

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仕様

長さ

39.65 cm

反り

0.84 cm

元幅

2.75 cm

先幅

2.39 cm

流派について

Shikkake School尻懸派

1 重要美術品3 特別重要刀剣100 重要刀剣

尻懸派は大和五派の一つであり、則長を事実上の祖として鎌倉時代末期から室町時代にかけて栄えた。則長には文保三年四十八歳、暦応三年六十九歳と行年を切った短刀が現存し、それによって逆算すると文永九年の生まれであることが分かる。同銘の継承は鎌倉末期より室町時代にわたって見られ、『鍛冶銘早見出』は三代を応永、四代を永亨頃としている。同派の祖は則弘と伝えるが、確実な作を見ず、則長が実質的な流派の祖と見做されている。僧兵を抱えた有力寺院が位置する大和鍛冶に薙刀の作が多いのは当然であるが、その中でも尻懸派と鑑せられる薙刀が最も多く、南北朝期の長大な薙刀が生ぶ茎で伝来している例は極めて稀である。 作風は大和物一般に共通する様式を示すが、鎬幅広く鎬筋の高い造込みに、板目が目立って流れる鍛えを見せ、地沸厚くつき、地景頻りに入り、沸映り立つものもある。刃文は直刃基調であるが、直刃調に小互の目が頻りに連れて交じる点に大きな見処と個性がある。刃縁には頻りにほつれ、二重刃・喰違刃・湯走り・打のけ・砂流し・金筋などの働きが見られ、匂口明るく冴える。帽子は乱れ込み、さかんに掃きかけて火炎状となるものや焼詰め風となるものがある。『紛寄論』には「是も多分すぐ焼刃にて当麻とたがひの出来ふできにて紛るる作也、併当麻ほどは地つまらずしてしほ相うすく、位のおとるを以て尻懸と知べし」とあり、その見方をよく言い尽している。 尻懸派の作は在銘作が少なく、無銘極めとなるものが大半を占めるが、本阿弥家の鑑定によって伝世してきたものが多い。地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、総じてよく錬れてつみ、地沸微塵に厚くつき、地景太く頻りに入る。刃文は中直刃調に小互の目が元から先まで連れ、足・葉繁く入り、小沸よくつき、刃縁にほつれ・二重刃・喰違刃・湯走り現われ、金筋・砂流し細かにかかり、光の強い沸が厚くついて明るく冴える。特に小互の目の連れた刃縁に光の強い沸をあしらった喰違刃のかかる状には、徳川本家に伝来し重要美術品の則長在銘作を思わせるものがあり、尻懸派の特色と美点を十二分に現わした作が多く残されている。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥440,000

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