特別保存刀剣鑑定書付 藤原久幸(川井久幸) 安政二年十一月日 七十歳作 【解説】 本作は、銘振りと日本美術刀剣保存協会(日美工)の鑑定書により、安政二年(1856年)十一月、藤原久幸が七十歳の折に鍛錬した一振りであることが分かります。久幸は本名を川井久幸といい、幕末期に活躍した刀工ですが、同時に徳川将軍家に仕える直参旗本という、刀工としては極めて異例の経歴を持つ人物です。幕府のために作刀に励む傍ら、軍事官としても職務を全うし、特に槍術の達人としてその名を馳せました。 天明六年(1786年)、徳川家康公の代より遠江国(静岡県)にて仕えてきた旗本・川井家の長男として生を受けました。本名は川井亀太郎、武蔵国江戸小石川に居を構えていました。 刀剣制作に深く傾倒した久幸は、当初、細川正義の門を叩き、主に清水久義に師事して技術を学びました。後に中山一貫斎義弘にも学んでおり、武家出身の身でありながら、流派を越えて貪欲に技術の向上を追い求めた跡が窺えます。 久幸は生涯を通じて、実戦に即した切れ味鋭い刀剣を追求しました。現存する作品の多くは直刃を基調としており、槍の制作を得意とした一方で、刀(打刀)の遺例は比較的少なく貴重です。武士として、また槍術の師範としての矜持がその作風にも色濃く反映されています。 徳川幕府が終焉を迎える明治元年、八十三歳で没しましたが、本作は彼が七十歳の時の作であり、その衰えぬ生命力と気迫が伝わってくるようです。その洗練された出来映えから、幕末の動乱期に徳川将軍家に仕えた上級武士による注文打ちであったと推察されます。 【時代背景】 江戸時代初期から中期(1600年代〜1760年代)にかけて、日本は徳川幕府による統治のもと、安定した経済と平和を享受していました。武士が公の場や戦場で刀を振るう機会は激減し、刀剣は次第に武士の身分を象徴する装飾的な役割を強めていきました。戦国時代(1467年〜1600年)に比べ、武器としての需要は落ち着きを見せていました。 しかし、幕末(1764年〜1876年)に入ると、刀剣の役割は劇的に変化します。国内の困窮による民衆の暴動や、開国を迫る外国勢力の圧力により、日本は激動の時代へと突入しました。武士たちは生き残りをかけ、再び実戦に耐えうる強靭な刀を求めるようになります。久幸をはじめとする当時の刀工たちは、主君が戦場に備えられるよう、実用性を重視した高品質な刀剣の鍛錬に心血を注ぎました。 幕府軍と新政府軍による内戦が勃発したこの時代、本作の旧蔵者もまた、武士の世が終わりを告げる歴史的な瞬間をこの刀と共に目撃したのかもしれません。本作の持つ力強い姿は、まさにその過酷な時代に求められた実戦刀としての風格を現代に伝えています。 【鑑定】 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高いと認められた真作の日本刀にのみ授与されるものです。 【刀身】 長さ(Nagasa):69.5 cm 反り(Sori):1.6 cm 刃文(Hamon):
























武蔵 · 1854-1860頃
現在7点販売中
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
特別保存刀剣鑑定書付 藤原久幸(川井久幸) 安政二年十一月日 七十歳作 【解説】 本作は、銘振りと日本美術刀剣保存協会(日美工)の鑑定書により、安政二年(1856年)十一月、藤原久幸が七十歳の折に鍛錬した一振りであることが分かります。久幸は本名を川井久幸といい、幕末期に活躍した刀工ですが、同時に徳川将軍家に仕える直参旗本という、刀工としては極めて異例の経歴を持つ人物です。幕府のために作刀に励む傍ら、軍事官としても職務を全うし、特に槍術の達人としてその名を馳せました。 天明六年(1786年)、徳川家康公の代より遠江国(静岡県)にて仕えてきた旗本・川井家の長男として生を受けました。本名は川井亀太郎、武蔵国江戸小石川に居を構えていました。 刀剣制作に深く傾倒した久幸は、当初、細川正義の門を叩き、主に清水久義に師事して技術を学びました。後に中山一貫斎義弘にも学んでおり、武家出身の身でありながら、流派を越えて貪欲に技術の向上を追い求めた跡が窺えます。 久幸は生涯を通じて、実戦に即した切れ味鋭い刀剣を追求しました。現存する作品の多くは直刃を基調としており、槍の制作を得意とした一方で、刀(打刀)の遺例は比較的少なく貴重です。武士として、また槍術の師範としての矜持がその作風にも色濃く反映されています。 徳川幕府が終焉を迎える明治元年、八十三歳で没しましたが、本作は彼が七十歳の時の作であり、その衰えぬ生命力と気迫が伝わってくるようです。その洗練された出来映えから、幕末の動乱期に徳川将軍家に仕えた上級武士による注文打ちであったと推察されます。 【時代背景】 江戸時代初期から中期(1600年代〜1760年代)にかけて、日本は徳川幕府による統治のもと、安定した経済と平和を享受していました。武士が公の場や戦場で刀を振るう機会は激減し、刀剣は次第に武士の身分を象徴する装飾的な役割を強めていきました。戦国時代(1467年〜1600年)に比べ、武器としての需要は落ち着きを見せていました。 しかし、幕末(1764年〜1876年)に入ると、刀剣の役割は劇的に変化します。国内の困窮による民衆の暴動や、開国を迫る外国勢力の圧力により、日本は激動の時代へと突入しました。武士たちは生き残りをかけ、再び実戦に耐えうる強靭な刀を求めるようになります。久幸をはじめとする当時の刀工たちは、主君が戦場に備えられるよう、実用性を重視した高品質な刀剣の鍛錬に心血を注ぎました。 幕府軍と新政府軍による内戦が勃発したこの時代、本作の旧蔵者もまた、武士の世が終わりを告げる歴史的な瞬間をこの刀と共に目撃したのかもしれません。本作の持つ力強い姿は、まさにその過酷な時代に求められた実戦刀としての風格を現代に伝えています。 【鑑定】 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高いと認められた真作の日本刀にのみ授与されるものです。 【刀身】 長さ(Nagasa):69.5 cm 反り(Sori):1.6 cm 刃文(Hamon):
























武蔵 · 1854-1860頃
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保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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