
金道 刀 特別保存刀剣
売却済
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
仕様
69.8 cm
1.4 cm
3.25 cm
2.2 cm
伊賀守金道は、三品派の祖である関の兼道の長男で、文禄二年(1593年)に父と三人の弟(和泉守金道、丹波守吉道、越中守正俊)とともに美濃から京に移住し、一門の長兄として三品派の名を大いに高めた。文禄3年伊賀守を受領して禁裏御用を賜る。慶長19年の春、家康より太刀千腰の注文を受け、その功をもって「日本鍛冶宗匠」となり、刀工たちの朝廷への受領斡旋を一手に引き受けたが、これは代々伊賀守家が幕末まで務め栄えた。 寛永6年(1629年)12月没。二代伊賀守金道は、名を三品勘兵衛といい、初代伊賀守金道の長男として生まれ、寛永十四年に伊賀守を受領、延宝八年没。本作は、身幅広く、反りやや深く、鋒やや延びる延宝頃の作で、板目肌に、杢目肌交じり、地沸微塵につき、地景入る冴えた美しい地鉄に、小沸つき、丁子刃・尖り刃など交え、匂口明るく、健全で傷欠点も無く、手持ちも重い優品である。

売却済
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
69.8 cm
1.4 cm
3.25 cm
2.2 cm
伊賀守金道は、三品派の祖である関の兼道の長男で、文禄二年(1593年)に父と三人の弟(和泉守金道、丹波守吉道、越中守正俊)とともに美濃から京に移住し、一門の長兄として三品派の名を大いに高めた。文禄3年伊賀守を受領して禁裏御用を賜る。慶長19年の春、家康より太刀千腰の注文を受け、その功をもって「日本鍛冶宗匠」となり、刀工たちの朝廷への受領斡旋を一手に引き受けたが、これは代々伊賀守家が幕末まで務め栄えた。 寛永6年(1629年)12月没。二代伊賀守金道は、名を三品勘兵衛といい、初代伊賀守金道の長男として生まれ、寛永十四年に伊賀守を受領、延宝八年没。本作は、身幅広く、反りやや深く、鋒やや延びる延宝頃の作で、板目肌に、杢目肌交じり、地沸微塵につき、地景入る冴えた美しい地鉄に、小沸つき、丁子刃・尖り刃など交え、匂口明るく、健全で傷欠点も無く、手持ちも重い優品である。

売却済
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
69.8 cm
1.4 cm
3.25 cm
2.2 cm