説明

尾張興善寺派 縁頭 尾張国、興善寺派による稀少な縁頭の一対です。 興善寺派の名は、その工房が興善寺の境内に置かれていたことに由来します。一説には、犬助(または新助)と称される職人が興善寺にて鐔を制作したと伝えられていますが、当時の工房における制作は決して個人の力のみによるものではありませんでした。下地作りや各工程の専門職人、そして門弟の育成や工房全体を統括する工匠らによる分業体制のもと、これら小道具は生み出されたと考えられます。 興善寺派の作風は、美濃後藤の意匠と加賀平象嵌の技法、その双方を併せ持った独特の美意識を特徴としています。美濃後藤との共通点は、同派が得意とした「秋草図」などの画題に顕著に見て取れます。これは織田信長による美濃平定後、美濃の職人たちが名古屋へと移住したことで、美濃様式の尾張的解釈が始まったという推測を裏付けるものです。 また、信長は天正八年(1580年)に平象嵌の本場である加賀国を平定しています。江戸時代の記録によれば、後に金沢から名古屋へ移り住んだ職人が十名ほどいたとされていますが、当時の記録にある人名は判然とせず、詳細は不明な点も多く残されています。しかしながら、技法や構図における明らかな類似性は、加賀の職人が尾張へ渡ったという説を強く支持しています。 こうした背景から、興善寺派の作品はしばしば美濃、美濃後藤、加賀、あるいは埋忠などと混同されることがありますが、意匠や構成の細部に見られる僅かな差異こそが、興善寺派を見極める重要な指標となります。 興善寺派の作は原則として無銘であり、その系譜や制作年代、個々の職人の特定については未だ判然としない部分も多いのが現状です。 本作、興善寺縁頭は……

Kozenji School Fuchigashira

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縁頭

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流派

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時代

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