大和五派は奈良の大寺の影で育った。手掻の名は東大寺転害門に由来する。柾目と静かな直刃の厳格は寺の美学であり、後世はまさにその節度を賞美してきた。
保昌の重要刀剣短刀、本家本元の『保昌柾目鍛え』を存分に味わえる一振り、且つ希少な生ぶ茎、同派の代表作になる逸品です。 保昌派は、大和五派の一つ、大和国高市(たかいち)、現奈良県高市郡に住して鍛刀した一派です。貞吉と貞宗を棟梁格とし、貞吉には、世上、名物『桑山保昌』と呼ばれる国宝の在銘短刀があります。同派には貞清、貞興、貞光、貞晴らがおり、鎌倉末期から南北朝期に掛けて活躍していますが、在銘品は極僅少で、そのほとんどが短刀、皆一様に『貞』の字を通字としています。銘振りは二字銘、『藤原□□』の四字銘が主で、極稀に『大和国藤原□□』と切ったものもあります。 同派の最大の特徴はその鍛えにあり、やや黒みのある地鉄に、整然たる強い柾目肌が流れ、時には強い柾割れが生じます。古来よりこれを『保昌の柾割れ』として、欠点とは捉えず、一つの見所として捉えます。 また同派の茎仕立てに付いて、太刀の生ぶ在銘品は皆無であるため、短刀に限っては、檜垣鑢で、茎尻は生ぶであっても、ほぼ真横に直線的な切りとなります。知らなければ、茎先を摘まんだようにも見えます。 本作は、生ぶ無銘ながら『保昌』と極められた優品、令和二年(二〇二〇)、第六十六回重要刀剣指定品です。 寸法七寸六分弱、内反りの上品な姿、地刃健全です。貴重な生ぶ茎は、前述したように、鑢目は檜垣、茎尻は切りとなるなど、標本的な茎仕立てを示しています。 柾目肌が波状に流れて上品に肌立つ綺麗な地鉄は、所々特有の柾割れを交えて地色やや黒み勝ち、細直刃調で僅かに小互の目心のある刃は、 刃縁良く沸付いて明るく冴え、ほつれ、二重刃、打ちのけ掛かり、刃中繊細な金筋、砂流しが掛かっています。帽子も先掃き掛け焼き詰めるなど、一見して、保昌と分かる出来です。 図譜にも、『この短刀は、地刃に保昌派の典型的出来口が示されている。総柾の鍛えは良く錬れて詰み、刃文の直刃も良く沸えて明るく冴え渡り、茎の檜垣鑢も含めて標本的である。』とあります。 大和五派中、最も個性の強い同派の持ち味が顕現された健やかなる逸品です。
大和国の保昌派は、現存する物によって、居住地が高市郡であることが知られる。鎌倉時代末葉より南北朝期にかけて栄えており、同派の 代表工として貞宗・貞吉が最も聞こえ、他に貞清・貞興らの上手がおり、皆「貞」を通字としている。この派の作風は地がねに総柾目鍛えをあら わし、直刃仕立ての刃文を焼くものが多い。 この短刀は、地鉄は柾目肌、総体に流れ、総じてよく錬れてつみ、地沸微塵に厚くつき、頼りに地景細かく入り、 沸映りが立ち、刃文は直刃 に僅かに小互の目が交じり、沸よくつき明るく冴え、刃縁に二重刃・喰違刃現われ、金筋・砂流し細かにかかるなど、地刃に保昌派の典型的出 来口が示されている。 総柾の鍛えはよく錬れてつみ、刃文の直刃もよく沸えて明るく冴え渡り、茎の檜垣鏡も含めて標本的である。




大和国の保昌派は、現存する物によって、居住地が高市郡であることが知られる。鎌倉時代末葉より南北朝期にかけて栄えており、同派の代表工として貞宗・貞吉が最も聞こえ、他に貞清・貞興らの上手がおり、皆「貞」を通字としている。この派の作風は地がねに総柾目鍛えをあらわし、直刃仕立ての刃文を焼くものが多い。 この短刀は、地鉄は柾目肌、総体に流れ、総じてよく錬れてつみ、地沸微塵に厚くつき、頼りに地景細かく入り、 沸映りが立ち、刃文は直刃に僅かに小互の目が交じり、沸よくつき明るく冴え、刃縁に二重刃・喰違刃現われ、金筋・砂流し細かにかかるなど、地刃に保昌派の典型的出来口が示されている。 総柾の鍛えはよく錬れてつみ、刃文の直刃もよく沸えて明るく冴え渡り、茎の檜垣鏡も含めて標本的である。
大和伝 · 大和
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大和五派のうち、地鉄に総柾目を貫いたただ一門が保昌派である。その本拠は大和国高市郡、成立は鎌倉時代の末葉に置かれ、南北朝期へと続いた。古来寺院に付属して刀を鍛えた大和鍛冶の流れを汲み、同派の工は皆「貞」を通字とする。祖と仰がれるのは貞宗・貞吉で、両者は共に保昌五郎と称したと伝え、その下に貞清・貞興・貞光らが連なる。中にあって居住地と制作年紀を最も多く銘に記すのが貞吉であり、嘉暦三年紀の太刀に「大和国高市郡住」と切って活躍地・年代を明らかにする。貞清・貞興は貞宗あるいは貞吉に続く手とされ、現存する作はおおむね鎌倉末に収まる。 作風は一門を通じて均質で、まず地鉄に集約される。在銘・無銘を問わず総柾目肌を鍛え、柾が区より先まで通って棟へ抜け、地沸が厚くつき地景が頻りに入る。手掻・千手院・尻懸・当麻が柾がかった板目を鍛えるのに対し、保昌はこの純然たる総柾に徹し、説示も大和五派の中で最も作風の個性が顕著な一派と記す。刃文はその柾目に応じ、匂深く小沸のついた直刃を主とし、刃は地鉄と別に立つのではなく肌目にからんで頻りにほつれ、刃縁に喰違刃・二重刃・打のけを集め、金筋・砂流しがかかる。物打辺より上で焼幅が広がり一段と沸が強くつくのも一派の所作である。帽子は直ぐに掃きかけて焼詰めとなり、多くは返りを持たず、時に火焔風となる。茎には檜垣鑢をかけ先をぶっ切りとし、これも銘と並ぶ見どころをなす。工により振幅には差があり、貞吉の地刃は荒く沸が強く、やや時代の下る貞清・貞興の手は地刃ともに静かで精良に読まれる。短刀には小振りで重ねの厚い品のよいものが多い。 鑑定の勘所は何よりこの純然たる総柾目にあり、これによって同じ大和の手掻・千手院・尻懸・当麻と分かたれる。一門の諸工に際立った個性は見出しにくく、無銘作は個ではなく時代と作域から保昌と極められ、ゆえに在銘作では銘振りこそが工を分かつ。年紀と居住地まで記す貞吉が最も知り得る工で、藤代の極めでは最上作にあたり、貞清・貞興は二字銘や藤原を冠する四字銘を残すのみで年紀作を見ない。在銘作は短刀に多く、大磨上無銘の刀は後に金象嵌の極めを受け、埋忠家や本阿弥光一の銘を留めるものがある。伝来は大名家を貫き、肥後細川家を経た短刀をはじめ、毛利元康所持を記す大磨上の刀などが知られる。総柾目に徹したこの一門の作が市に現れることは稀で、ことに年紀ある貞吉の在銘作に接する機会は少ない。 詳しく見る →
鎌倉時代の大和
大和五派は奈良の大寺の影で育った。手掻の名は東大寺転害門に由来する。柾目と静かな直刃の厳格は寺の美学であり、後世はまさにその節度を賞美してきた。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,348口(約202口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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