説明

銘:近江守高木住助直 裏年紀:延宝五年十二月日 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 補完:保存刀剣 長さ:69.2 cm 反り:1.2 cm 元幅:2.85 cm 先幅:1.77 cm 元重:6.8 mm 【姿】 鎬造、庵棟、反り適度につき、中切先。 【鍛え】 小板目肌よく詰み、地沸つき、地景入る。 【刃文】 小沸出来の互の目乱れ、濤瀾風となる。匂口深く明るく冴え、砂流し、金筋かかる。 【帽子】 小丸に返る。 【茎】 生、入山形、大筋違化粧鑢、目釘孔一個。 【鑑定書】 日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書 【拵】 時代拵: 縁頭:赤銅魚子地 秋草に虫図 金色絵 目貫:赤銅地 鳥図 鐔:丸形 波に賢人図 金色絵 【説明】 本作は新刀期を代表する名工、近江守助直による紀年銘入りの大坂加州刀です。 助直は寛永十六年(1639年)に近江国高木に生まれ、寛文九年(1669年)頃に近江守を受領しました。大坂にて初代越前守助広に学び、後に二代助広(津田助広)の門下となります。助広はその類稀なる才能を認め、助直を筆頭門人に据えました。師の巨大な名声に隠れることなく、独自の作域を確立した唯一の弟子と言っても過言ではなく、この時期に助広の妹を妻に迎えたと伝えられています。 修行を終えた後、一時故郷の高木に戻っており、延宝年間(1673-1681年)の作には銘に「高木住」と添えるのが特徴です。また、師の代銘を任されるほど厚い信頼を得ていました。天和二年(1682年)に助広が没した後は、実質的に津田一門の家督を継ぎ、自らも「津田」姓を冠するようになります。

Shintō Katana in koshirae, Sukenao, 1677 – Hozon Tōken

Shintō Katana in koshirae, Sukenao, 1677 – Hozon Tōken

€16,000

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仕様

長さ

69.2 cm

反り

1.2 cm

元幅

2.85 cm

先幅

1.77 cm

流派について

Sukehiro School助広派

助広一門は、摂津国大坂に拠って江戸時代前期に活躍した新刀の一系であり、その名は初代そぼろ助広に始まる。初代助広は、もと播磨国国衙庄津田の数打工であったと伝わり、後に大坂へ出て初代河内守国助の門に学んだ。国助はもと石堂派の出身であり、初代助広が丁子乱れを得意として匂口締まりごころに小沸をつけ、足・葉を交えた一見石堂風の作柄を示すのも、この師系に由来する。切り添えられた「そほろ」の銘によりそぼろ助広とも通称され、寛文三年に歿した。その二代を継いだのが津田越前守助広である。越前守助広は寛永十四年に摂州打出村に生まれ、通称を甚之丞といい、初代の門に学んでその歿後に二代目を襲い、明暦三年に越前守を受領し、寛文七年には大坂城代青山因幡守宗俊に召し抱えられ、天和二年に四十六歳で歿した。門人には近江国高木に生まれて二代助広に学び、後にその妹婿になったと伝える津田近江守助直があり、いずれも寛文・延宝を中心とする大坂新刀の中核を成した。 本一門の作風は、大坂鍛えに特有の精緻な地鉄と、明るく深い匂口を共通の身上とする。鍛えは小板目肌がよくつんで些かの緩みもなく、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入り、かねが冴える。刃文は元を直ぐに焼き出す大坂焼出しを置き、その上に二代助広が創始した濤瀾乱れを焼くのを特色とする。濤瀾は大互の目に互の目・小のたれを交えて大きくうねる独特の刃文で、足太く入り、匂深く小沸厚くつき、金筋・砂流しがかかり、匂口が明るく冴える。二代助広は初期に石堂風の丁子乱れを焼き、ついで互の目乱れを経て濤瀾へと至り一世を風靡したが、直刃もまた頗る巧みで、同地大坂の井上真改と双璧と称された。助広の直刃は浅く五つにのたれを帯び、横手下から焼幅を広める手癖を示し、沸の粒が真改より細かく、刃縁が奉書紙を裂いたように地へ向かって細かに働く点が見どころとされる。門人助直は師の濤瀾をよく継承しつつ、互の目乱れやのたれ・直刃にも作域を広げ、中には師に迫る出来を見せた。茎には入山形の茎尻に大筋違や筋違の鑢に香包の化粧鑢を施し、角津田・丸津田の銘を切る点も一門を分かつ手掛かりとなる。 助広が古来重んじられてきたのは、濤瀾という新刀屈指の華やかな刃文を創始し、かつ直刃にも比類なき冴えを示した両面の妙によるところが大きい。鑑定にあたっては、精緻によくつんだ小板目肌、微塵に厚くつく地沸、深く明るい匂口、そして大坂焼出しから立ち上がる濤瀾の態を要点とする。代表作には、大坂城代青山宗俊の命により助広四十二歳の時に鵜首造の異風な姿で鍛え、雨乞いの願いを込めて倶利迦羅と梵字を彫った延宝六年紀の大太刀「村雨」があり、青山家に代々秘蔵された。その濃密な彫物は助広自身彫ではなく、当時大坂で活躍した彫師長坂遊鵬軒の手になるものと推され、同様の彫例は助直や一竿子忠綱・伊勢守国輝らの作にもうかがえる。さらに井上真改との合作の脇指も知られ、茎仕立てから鑢目、銘字に至るまで助広の主座が看取され、大坂新刀を代表する両雄の協同を伝える資料として価値が高い。門人助直の天和年紀の濤瀾の傑作とともに、これらの優品は、大坂新刀の到達点を今に示すものである。

刀剣商

Giuseppe Piva

giuseppepiva.com

€16,000

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