備前国長船守重。二字銘。丹波篠山青山家伝来の優れた太刀小装束付。長さ:1尺5寸5分。2011年に探山(田野辺)道宏(+花押)により記される。 飾太刀は日本刀の最も初期の様式の一つでした。この様式の太刀は古刀期初期、奈良時代および平安時代に使用され、皇族や公家のみが身につける階級と地位の象徴として機能しました。平安時代の飾太刀の拵は、数世紀にわたりほとんど変化しませんでした。江戸時代、徳川幕府は侍階級における刀剣の外見と使用を統制することを目的として、刀の長さと帯刀に関する厳格な規定を施行しました。どの服装にどの刀を合わせるべきかが厳密に定義されました。飾太刀は最も格式高い刀であり、装束と共に着用され、宮中での儀式や祝祭に参加することを許された位の daimyo に限定されていました。 この飾太刀は最高品質のものです。すべての金具には鍍金が施され、驚くべき精度で彫金されています。青山家の主紋(青山銭)が随所に見られ、鞘には副紋と交互に配置されており、そこには皇室の菊(青山菊)が含まれています。 青山氏は戦国時代に発展しました。元は上野国出身で、松平氏に仕えて三河国に定着しました。江戸時代には daimyo 家となり、1748年から1871年に城が取り壊されるまで篠山城を居所として統治しました。 この拵には、2017年(第63回)に日本美術刀剣保存協会より発行された重要刀装具指定書が付属します。
飾太刀拵は公卿が佩用する儀杖の太刀拵であり、江戸時代に至っても大名が公卿の装束、即ち束帯姿の時に佩用している。その原形は奈良 時代の唐制の直刀様式をうけ、一層華麗に装飾したもので、兜金・足金物・責金物・石突に玉を嵌めた唐草文等の透彫をした長飾を付し、足に は山形金が付いている。鐔は分銅形で左右に憂を付けて唐鐔の形式を受継いでいる。この荘重な形式の飾太刀拵に対し、飾りの長金物を省略し、 足金物の山形金を小形にして簡略化したものや、さらに山形金も除いたものを「飾太刀代」「細太刀」などと呼称し飾太刀拵の代用として用いた。 江戸期の大名所用の細太刀は中身が入り、鞘に反りのつく姿の手が多い。 本作は所謂「飾太刀代」にあたるもので、総金具は惣金魚々子地に青山銭紋散唐草を高彫とし、鐔は蔓金付唐鐔で総金具同様の仕立で、柄は白 鮫着、目貫は青山銭紋三双図を惣金魚々子地に高彫で表している。 鞘は金梨子地に青山銭菊紋散を金平文と金銀蒔絵付描で表す。 金具類の制作 も堅実であり、総体に調和がとれ、且つ極めて華やかな一作に仕上がっており、大名所用の儀仗太刀拵としていかにも気品にあふれた青山家伝 来の優品である。















江戸時代派
江戸
備前
在銘
第63回重要刀装具 (NBTHK)
販売店の記載のまま
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飾太刀拵は公卿が佩用する儀杖の太刀拵であり、江戸時代に至っても大名が公卿の装束、即ち束帯姿の時に佩用している。その原形は奈良時代の唐制の直刀様式をうけ、一層華麗に装飾したもので、兜金・足金物・責金物・石突に玉を嵌めた唐草文等の透彫をした長飾を付し、足には山形金が付いている。鐔は分銅形で左右に憂を付けて唐鐔の形式を受継いでいる。この荘重な形式の飾太刀拵に対し、飾りの長金物を省略し、足金物の山形金を小形にして簡略化したものや、さらに山形金も除いたものを「飾太刀代」「細太刀」などと呼称し飾太刀拵の代用として用いた。 江戸期の大名所用の細太刀は中身が入り、鞘に反りのつく姿の手が多い。 本作は所謂「飾太刀代」にあたるもので、総金具は惣金魚々子地に青山銭紋散唐草を高彫とし、鐔は蔓金付唐鐔で総金具同様の仕立で、柄は白鮫着、目貫は青山銭紋三双図を惣金魚々子地に高彫で表している。 鞘は金梨子地に青山銭菊紋散を金平文と金銀蒔絵付描で表す。 金具類の制作も堅実であり、総体に調和がとれ、且つ極めて華やかな一作に仕上がっており、大名所用の儀仗太刀拵としていかにも気品にあふれた青山家伝来の優品である。
Period-Attributed
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,348口(約202口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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