江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
山城・肥後守 / 万治頃(17世紀後半・江戸時代前期)/ 約355年前 彫物:裏に内樋 本作は、肥後守(ひごのかみ)を受領した、山城国西陣の住人である名工、国輝(くにてる)の手による一振りです。国輝は、名高い越前康継や、江戸の越前守助広などと並び称される名工の一人であり、徳川将軍家からの信頼も厚く、葵紋を茎(なかご)に刻むことを許された数少ない刀工の一人として知られています。本作は、国輝が山城国から肥後国へと移住した時期の作であり、晩年は熊本の細川藩に仕えたと伝えられています。 刀身の姿は、寛文前後の特徴を色濃く反映した優美なものです。反りは浅く、身幅が広く、重ねが厚いという、実戦的かつ重厚な造り込みがなされています。切先は鋭く引き締まり、地鉄と刃文の調和がこの一振りの見どころに集約されており、力強い迫力を感じさせます。地鉄は小板目肌がよく詰み、地沸(じにえ)が微細につき、潤いのある美しい肌合いを見せています。刃文は、中直刃(ちゅうすぐは)を基調に小乱れが交じり、ほつれや喰い違刃(くいちがいば)が見られ、砂流し(すながし)のような繊細な働きが随所に現れています。沸(にえ)は深く、明るく冴え、刃中の変化はまさに鑑賞の妙と言えるでしょう。帽子(ぼうし)は表裏ともに深く残り、表は掃き掛け(はきかけ)て小丸に返り、裏は掃き掛けて焼き詰めています。茎の保存状態は極めて良好で、銘振りも力強く鮮明に残されています。全体として、出来映えは非常に優れています。 本作は、新刀期の山城伝と肥後伝の技術が融合した、まさに傑作と呼ぶに相応しい一振りです。「古山城」を彷彿とさせる気品ある地鉄の美しさは、愛刀家の皆様に深くご満足いただけるものと確信しております。12代続く名門・国輝の系譜が生んだ、江戸時代初期の刀剣文化を象徴する逸品です。







山城伝 · 山城 · 1648-1652頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
國次の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
山城伝 · Kyoto
現在13点販売中
平安城象嵌は応仁鐔の流れを汲む流派である。室町末期に京都において成立し、桃山時代から江戸時代初期にかけて繁栄を見た。有銘の作は知られず、無銘のままに「平安城象嵌」と称される一群として伝えられている。この派の古い作例は時代的にもほぼ応仁鐔に近く、真鍮据文象嵌を施して文様風の意匠を展開させている。 初期の作風は大振りで量感があり、鉄槌目地や鉄地に真鍮据文象嵌を施して花唐草文や網目文などの文様を表し、地透や小透を加えて雅びな京風の趣を示す。やがて時代が下るにつれて真鍮以外の金、銀、素銅、赤銅、山金などを併用するようになり、意匠も絵風のものが加わって、据文と平象嵌を混用したり鋤出高彫を施したものも見られる。技法は洗練味が高く、桶底耳や大切羽状に接着した共鉄などの造作が作品の力強い趣を増幅している。 この門からは小池与四郎が出て一派をおこし、また長吉、吉長、政重らの銘を名のる集団がある。上杉家伝来など大名家に伝来した作例も知られ、室町末期から桃山時代にかけての京都における装剣金工の展開を示す重要な流派として位置づけられている。 詳しく見る →
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
価格はお問い合わせ
山城・肥後守 / 万治頃(17世紀後半・江戸時代前期)/ 約355年前 彫物:裏に内樋 本作は、肥後守(ひごのかみ)を受領した、山城国西陣の住人である名工、国輝(くにてる)の手による一振りです。国輝は、名高い越前康継や、江戸の越前守助広などと並び称される名工の一人であり、徳川将軍家からの信頼も厚く、葵紋を茎(なかご)に刻むことを許された数少ない刀工の一人として知られています。本作は、国輝が山城国から肥後国へと移住した時期の作であり、晩年は熊本の細川藩に仕えたと伝えられています。 刀身の姿は、寛文前後の特徴を色濃く反映した優美なものです。反りは浅く、身幅が広く、重ねが厚いという、実戦的かつ重厚な造り込みがなされています。切先は鋭く引き締まり、地鉄と刃文の調和がこの一振りの見どころに集約されており、力強い迫力を感じさせます。地鉄は小板目肌がよく詰み、地沸(じにえ)が微細につき、潤いのある美しい肌合いを見せています。刃文は、中直刃(ちゅうすぐは)を基調に小乱れが交じり、ほつれや喰い違刃(くいちがいば)が見られ、砂流し(すながし)のような繊細な働きが随所に現れています。沸(にえ)は深く、明るく冴え、刃中の変化はまさに鑑賞の妙と言えるでしょう。帽子(ぼうし)は表裏ともに深く残り、表は掃き掛け(はきかけ)て小丸に返り、裏は掃き掛けて焼き詰めています。茎の保存状態は極めて良好で、銘振りも力強く鮮明に残されています。全体として、出来映えは非常に優れています。 本作は、新刀期の山城伝と肥後伝の技術が融合した、まさに傑作と呼ぶに相応しい一振りです。「古山城」を彷彿とさせる気品ある地鉄の美しさは、愛刀家の皆様に深くご満足いただけるものと確信しております。12代続く名門・国輝の系譜が生んだ、江戸時代初期の刀剣文化を象徴する逸品です。







山城伝 · 山城 · 1648-1652頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在1点販売中
國次の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
山城伝 · Kyoto
現在13点販売中
平安城象嵌は応仁鐔の流れを汲む流派である。室町末期に京都において成立し、桃山時代から江戸時代初期にかけて繁栄を見た。有銘の作は知られず、無銘のままに「平安城象嵌」と称される一群として伝えられている。この派の古い作例は時代的にもほぼ応仁鐔に近く、真鍮据文象嵌を施して文様風の意匠を展開させている。 初期の作風は大振りで量感があり、鉄槌目地や鉄地に真鍮据文象嵌を施して花唐草文や網目文などの文様を表し、地透や小透を加えて雅びな京風の趣を示す。やがて時代が下るにつれて真鍮以外の金、銀、素銅、赤銅、山金などを併用するようになり、意匠も絵風のものが加わって、据文と平象嵌を混用したり鋤出高彫を施したものも見られる。技法は洗練味が高く、桶底耳や大切羽状に接着した共鉄などの造作が作品の力強い趣を増幅している。 この門からは小池与四郎が出て一派をおこし、また長吉、吉長、政重らの銘を名のる集団がある。上杉家伝来など大名家に伝来した作例も知られ、室町末期から桃山時代にかけての京都における装剣金工の展開を示す重要な流派として位置づけられている。 詳しく見る →
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
価格はお問い合わせ