二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
小沢正壽刀匠の、国宝で名物会津新藤五國光を写した短刀。時は元禄十五年四月二十六日、五代将軍綱吉は前田綱紀邸を訪れ、備前三郎國宗の太刀、島津正宗の刀、粟田口吉光の短刀を下賜した。これに応えて前田侯が備前長光の太刀、郷義弘の刀と共に献上したのが会津新藤五國光の短刀。本阿弥家が金二百枚と代付したこの短刀の号名は会津領主の名将蒲生氏郷の所持に因んでいる。前田家には三代利常の時に金百枚で入り、以来同家の家宝となった。 表題の短刀は棟を真に造り、僅かに内反りが付き、伸びやかな姿で力強く、佇まいはまさに会津新藤五。地鉄は小板目鍛えの刃寄りに柾を配して深く錬れ、地沸が微塵に付いて地景が脈々と働き、刃の際が深く澄んで沸映りが立つ変化に富んだ肌となっている。刃文は直刃、古名刀同様に刃区下が焼き込まれ、純白の沸で刃縁は明るく、刃境に小形の金線と砂流しが掛かり、刃中も沸付いて青く冴える。帽子は掃き掛けて先小丸の長めに返り、これも本歌と同じ。本歌同様に無反りの茎は仕立てが極めて丁寧で、今尚白銀色に輝き、銘字が神妙に刻されている。会津新藤五の当初の姿を想像しつつ精鍛された一口で、姿凛として地刃溌剌たる逸品となっている。 正壽刀匠は宮口壽廣、塚本起正など往年の名手に学び、古名刀の写しに意欲的に挑戦して鎚を振るい(注)、新作名刀展では高松宮賞にも輝いている。 注...名物大典太光世写しの太刀が弊社蔵。







武蔵 · 1926-1989頃
現在6点販売中
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
小沢正壽刀匠の、国宝で名物会津新藤五國光を写した短刀。時は元禄十五年四月二十六日、五代将軍綱吉は前田綱紀邸を訪れ、備前三郎國宗の太刀、島津正宗の刀、粟田口吉光の短刀を下賜した。これに応えて前田侯が備前長光の太刀、郷義弘の刀と共に献上したのが会津新藤五國光の短刀。本阿弥家が金二百枚と代付したこの短刀の号名は会津領主の名将蒲生氏郷の所持に因んでいる。前田家には三代利常の時に金百枚で入り、以来同家の家宝となった。 表題の短刀は棟を真に造り、僅かに内反りが付き、伸びやかな姿で力強く、佇まいはまさに会津新藤五。地鉄は小板目鍛えの刃寄りに柾を配して深く錬れ、地沸が微塵に付いて地景が脈々と働き、刃の際が深く澄んで沸映りが立つ変化に富んだ肌となっている。刃文は直刃、古名刀同様に刃区下が焼き込まれ、純白の沸で刃縁は明るく、刃境に小形の金線と砂流しが掛かり、刃中も沸付いて青く冴える。帽子は掃き掛けて先小丸の長めに返り、これも本歌と同じ。本歌同様に無反りの茎は仕立てが極めて丁寧で、今尚白銀色に輝き、銘字が神妙に刻されている。会津新藤五の当初の姿を想像しつつ精鍛された一口で、姿凛として地刃溌剌たる逸品となっている。 正壽刀匠は宮口壽廣、塚本起正など往年の名手に学び、古名刀の写しに意欲的に挑戦して鎚を振るい(注)、新作名刀展では高松宮賞にも輝いている。 注...名物大典太光世写しの太刀が弊社蔵。







武蔵 · 1926-1989頃
現在6点販売中
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
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