藤八 鍔(LS032) 銘:林藤八(1723-1791) 林家三代目当主である藤八は、歴代の中でも屈指の名工として知られています。 本作は、毛彫を施さず優美なシルエットのみで松の図を表現した、林家特有の作風が顕著に表れた逸品です。地鉄には微細な粒状の鉄骨(てこつ)が浮き出ており、地肌の良さが際立ちます。 サイズは 8.2cm x 7.77cm、厚さ 4.4mm と、一般的な藤八の作品と比較しても大振りで、堂々とした風格を備えています。 【参考文献】 ・Haynes, H 09712.0 ・若山猛編『日本刀装金工大辞典』 ・『刀装具名品大系』第3巻 295頁 鑑定上の注目点として、切羽台付近の拡大画像をご確認ください。藤八特有の茎穴(なかごあな)周辺の鏨跡(タガネ痕)が確認でき、審美眼のある収集家にとって重要な極め手となります。また、彼の作品には花形の刻印が見られることも多く、本作もその特徴を捉えています。 (鑑定:マイケル・コックス / 参考文献:『日本刀装金工大辞典』、『刀装具名品大系』第3巻 295頁)










藤八
江戸
肥後 · 肥後
現在4点販売中
肥後 · 肥後
現在35点販売中
林派は、肥後金工を代表する流派であり、その祖である林又七(慶長十八年~元禄十二年、一六一三~一六九九)によって確立された。又七は清三郎重治と称し、工名を又七とした。その先祖は尾張国の出身で、元来は鉄砲鍛冶を家業としていたが、間々鐔も作っていたと伝えられる。父清兵衛の時、鉄砲鍛冶として加藤清正に仕え、肥後熊本に移住した。加藤家が改易になってからは細川家に仕えることとなり、特に細川三斎の薫陶を受けて大成を遂げた。八十七歳で歿するまで、武士道精神を体現した作品を多く遺している。後世、林派の相伝は神吉家に受け継がれ、寿平忠光(正忠)が藩命により林派の作風の復活に努め、その子である寿平国平深信(天明六年~嘉永四年、一七八六~一八五一)もまた誠実で品格の優れた作風を継承し、技術において楽寿の作に比肩すべき作品を残している。 林又七の作風は、いわゆる羊羹色にたとえられる独特の鉄地が最大の特色である。よく鍛えられた精美な地鉄は、ねっとりとした艶を持ち、微妙に肌目が露出しながら深い紫錆を呈する。この卓越した鉄味を基調として、又七は多彩な技法を駆使している。地透、陰透といった透かし技法は、力強くも流麗な鏨遣いによって一気呵成に打ち抜かれ、槌目仕立ての平地との対比が絶妙な緊張感を生み出す。さらに独自の彫込み象嵌技法を用いて、枯木や桜花、九曜紋などを配し、鉄鐔でありながら雅趣を失わない格調を実現している。金縄目象嵌や真鍮象嵌も巧みに施され、単調に陥ることなく存在感に満ちた仕上がりとなる。平地には微妙に肉をつけ、彫り口に柔らかみを感じさせる技法も特徴的であり、耳際の処理や櫃孔の配置にも細心の注意が払われている。 林又七の作品は、君子の風格と評されるように、精神性の高さが際立っている。枝折竹、松樹、梅樹、揚羽鶴、雲出八橋といった高尚な画題を選び、狭い鐔の空間の中に深い遠近感と清風の趣を表現する。竹の弾力、寒梅の精神性、鶴の姿態など、単なる装飾を超えた文人的教養が随所に看取される。これらは江戸時代初期の武士道精神、特に文武両道を体現したものであり、細川三斎の指導奨励のもとで磨かれた造形感覚の賜物である。作品の多くは無銘であるが、羊羹色の鉄味、独特の透かし技法、彫込み象嵌の配置などから一見して又七と鑑せられる。在銘作は極めて少なく、金象嵌銘や鏨銘が施された作品は貴重である。林派の伝統は後世に受け継がれ、神吉深信らによって幕末期まで肥後金工の中核を成し、その格調高い作風は肥後鐔の魅力を世に知らしめることとなった。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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藤八 鍔(LS032) 銘:林藤八(1723-1791) 林家三代目当主である藤八は、歴代の中でも屈指の名工として知られています。 本作は、毛彫を施さず優美なシルエットのみで松の図を表現した、林家特有の作風が顕著に表れた逸品です。地鉄には微細な粒状の鉄骨(てこつ)が浮き出ており、地肌の良さが際立ちます。 サイズは 8.2cm x 7.77cm、厚さ 4.4mm と、一般的な藤八の作品と比較しても大振りで、堂々とした風格を備えています。 【参考文献】 ・Haynes, H 09712.0 ・若山猛編『日本刀装金工大辞典』 ・『刀装具名品大系』第3巻 295頁 鑑定上の注目点として、切羽台付近の拡大画像をご確認ください。藤八特有の茎穴(なかごあな)周辺の鏨跡(タガネ痕)が確認でき、審美眼のある収集家にとって重要な極め手となります。また、彼の作品には花形の刻印が見られることも多く、本作もその特徴を捉えています。 (鑑定:マイケル・コックス / 参考文献:『日本刀装金工大辞典』、『刀装具名品大系』第3巻 295頁)










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林派は、肥後金工を代表する流派であり、その祖である林又七(慶長十八年~元禄十二年、一六一三~一六九九)によって確立された。又七は清三郎重治と称し、工名を又七とした。その先祖は尾張国の出身で、元来は鉄砲鍛冶を家業としていたが、間々鐔も作っていたと伝えられる。父清兵衛の時、鉄砲鍛冶として加藤清正に仕え、肥後熊本に移住した。加藤家が改易になってからは細川家に仕えることとなり、特に細川三斎の薫陶を受けて大成を遂げた。八十七歳で歿するまで、武士道精神を体現した作品を多く遺している。後世、林派の相伝は神吉家に受け継がれ、寿平忠光(正忠)が藩命により林派の作風の復活に努め、その子である寿平国平深信(天明六年~嘉永四年、一七八六~一八五一)もまた誠実で品格の優れた作風を継承し、技術において楽寿の作に比肩すべき作品を残している。 林又七の作風は、いわゆる羊羹色にたとえられる独特の鉄地が最大の特色である。よく鍛えられた精美な地鉄は、ねっとりとした艶を持ち、微妙に肌目が露出しながら深い紫錆を呈する。この卓越した鉄味を基調として、又七は多彩な技法を駆使している。地透、陰透といった透かし技法は、力強くも流麗な鏨遣いによって一気呵成に打ち抜かれ、槌目仕立ての平地との対比が絶妙な緊張感を生み出す。さらに独自の彫込み象嵌技法を用いて、枯木や桜花、九曜紋などを配し、鉄鐔でありながら雅趣を失わない格調を実現している。金縄目象嵌や真鍮象嵌も巧みに施され、単調に陥ることなく存在感に満ちた仕上がりとなる。平地には微妙に肉をつけ、彫り口に柔らかみを感じさせる技法も特徴的であり、耳際の処理や櫃孔の配置にも細心の注意が払われている。 林又七の作品は、君子の風格と評されるように、精神性の高さが際立っている。枝折竹、松樹、梅樹、揚羽鶴、雲出八橋といった高尚な画題を選び、狭い鐔の空間の中に深い遠近感と清風の趣を表現する。竹の弾力、寒梅の精神性、鶴の姿態など、単なる装飾を超えた文人的教養が随所に看取される。これらは江戸時代初期の武士道精神、特に文武両道を体現したものであり、細川三斎の指導奨励のもとで磨かれた造形感覚の賜物である。作品の多くは無銘であるが、羊羹色の鉄味、独特の透かし技法、彫込み象嵌の配置などから一見して又七と鑑せられる。在銘作は極めて少なく、金象嵌銘や鏨銘が施された作品は貴重である。林派の伝統は後世に受け継がれ、神吉深信らによって幕末期まで肥後金工の中核を成し、その格調高い作風は肥後鐔の魅力を世に知らしめることとなった。 詳しく見る →
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