
綱広 脇差 特別保存刀剣
¥1,380,000
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
Kanei (1624-1644)
仕様
45.2 cm
0.8 cm
3 cm
綱広は、室町時代後期、相州鍛冶の掉尾を飾る刀工で、天文年紀のものが一番古く、これを初代として、二代天正、三代慶長と伝えている。初代綱広は、島田義助の子とも伝え、北条氏綱に招かれ相模国小田原に移住し、「綱」の一字を授けられて綱広を名乗るという。三代綱広は、名を山村総右衛門と言い、鎌倉扇ヶ谷に住し、文禄頃から作刀が見られ、津軽為信の招きにより弘前に赴き300腰を鍛えたことで有名である。寛永十五年没。この刀は、身幅広く、フクラつく堂々とした体配で、板目肌つみ、杢目肌交じり、地沸微塵に付く明るく美しい地鉄に、乱れ映り立ち、互の目に、尖刃・矢筈風の刃など交じり、棟焼・飛び焼き掛り、皆焼風となり、足・葉頻りに入り、小匂深くつき、金筋・砂流し頻りに掛り、匂口明るい名品である。

¥1,380,000
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
Kanei (1624-1644)
45.2 cm
0.8 cm
3 cm
¥1,380,000
綱広は、室町時代後期、相州鍛冶の掉尾を飾る刀工で、天文年紀のものが一番古く、これを初代として、二代天正、三代慶長と伝えている。初代綱広は、島田義助の子とも伝え、北条氏綱に招かれ相模国小田原に移住し、「綱」の一字を授けられて綱広を名乗るという。三代綱広は、名を山村総右衛門と言い、鎌倉扇ヶ谷に住し、文禄頃から作刀が見られ、津軽為信の招きにより弘前に赴き300腰を鍛えたことで有名である。寛永十五年没。この刀は、身幅広く、フクラつく堂々とした体配で、板目肌つみ、杢目肌交じり、地沸微塵に付く明るく美しい地鉄に、乱れ映り立ち、互の目に、尖刃・矢筈風の刃など交じり、棟焼・飛び焼き掛り、皆焼風となり、足・葉頻りに入り、小匂深くつき、金筋・砂流し頻りに掛り、匂口明るい名品である。

¥1,380,000
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
Kanei (1624-1644)
45.2 cm
0.8 cm
3 cm
¥1,380,000