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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
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Ko-Bungo Sadahide

定秀

重要
巻 12, 番 259 · 短刀

Ko-Bungo Sadahide

定秀

評価作品5点

国豊後時代Eiryaku (1160–1161)時代区分平安流派豊後>古豊後伝法Wakimono藤代Jo-jo saku刀工大鑑2,500(上位1%)種別刀工コードSAD15
3重要美術品
2重要刀剣

概要

定秀は平安から鎌倉へ移る頃の豊後国に活躍し、説明書はこれを九州の古き霊山たる英彦山の住僧と記す。その位置を豊後の祖たる行平の傍らに置きながら、いずれが先かを定め得ず、「定秀は彦山の僧で行平の師とも弟子ともいう」と伝える。年紀のある作は一口も残らない。残るのは「豊後国僧定秀」と切った在銘の太刀の小さな一群であり、その姿こそが時代を語る。細身に腰反り高く踏張りつき、先伏さりごころとなって小鋒に結ぶ古雅で優美な姿は、第七十回重要刀剣の説明が言うとおり、鎌倉時代初期を降らない古雅な太刀姿である。

その手はまず刃の穏やかさに読まれる。在銘の作の全体に細直刃が浅くのたれごころを帯びて通り、当代備前の華やかな丁子ではなく静かな小乱れを交える。その刃の見どころは匂口で、説明書はこれを繰り返しうるみと評し、決して冴えて明るくはない。本阿弥の短刀極めも刃文を直刃調の小乱れとし、その「匂口がうるんで」小沸がつくとする。匂口には小沸が厚く沸き、打のけ風の半月、淡い二重刃、細かな金筋・砂流しが、混み合うことなく刃中刃縁に働く。帽子は表が直ぐに先焼詰め、裏は小丸に返り、しばしば掃きかけを見せる。それは在銘小太刀の説明が言う「九州物らしい穏やかな魅力」にほかならない。

地鉄も同じ古調を帯びる。板目が流れて柾がかりやや肌立ち、行平のそれに比される錬れのよい地に地沸つき、細かな地景が入る。その鉄はかね白けごころとなり、備前の明るい乱れ映りではない。戦前の重要美術品の太刀は同じ地に映りごころを記すにとどまる。流れた白けの地と沸づいてうるんだ直刃とは、まさに第七十回重要刀剣の言う「九州古典派の地刃の特徴が表れている」ところであり、備前・山城の明るい古典の手から本工を分かつ最も確かな手がかりである。

その記録には二つの面がある。第一は今述べた在銘の太刀・小太刀で、本工の手の典型である。第二は、延宝六年に本阿弥光常が定秀と極め、三拾枚の折紙をつけて朱銘を施した、平造三つ棟の無銘の短刀である。その地鉄は全く常と異ならぬが、刃文は中程上が特に盛んに乱れ、説明書はこれを端的に「行平には見られない出来である」とする。表に倶利迦羅の浮彫、裏に梵字を彫り、これも行平に見られる彫物である。光常はこれを豊後の古作と鑑て、しかも行平には見られぬ出来という点から定秀と極めたものであろうとし、説明書はこれを流石と評する。

本工をその一門の内で分かつものは、説明書自身が名指している。行平にはその板目と沸づいた直刃で近いとされながら、かの中程上の乱れと、銘振りそのものの大きさ・態様によって分かたれる。その銘もなお定まらず、判者は「経眼した定秀の銘振りは一律ではなく」そのいずれを典型とすべきか研究の余地があると認める。一口の太刀は「勝」の文字に桜花を彫り、これは行平にも散見し、「勝」の字を彫るものに古伯耆の大原真守があることから、本工は西国古典の手の中に位置づけられる。豊後が後年の多くの諸工へ花開く前に立つ、南国刀工の静かな初期の根の一つである。

収集の観点では、稀な初期の名である。藤代の極めは上々作。国宝はなく、重要文化財もその記録になく、その評価は在銘太刀三口の戦前の重要美術品指定と、第七十回の在銘小太刀・第十二回の本阿弥極めの短刀という二口の重要刀剣に拠る。説明書は在銘の定秀が極めて少ないことを捉え、「在銘品が極めて少ない定秀の銘字も非常に貴重」と記す。その作は刀であると同時に資料でもある。重要美術品の太刀の一口は「毛利家初代秀就が後水尾天皇より拝領したものと伝える」ものであり、毛利家と東京の竹中次郎が記録に見える所持者で、現在の所在としては九州国立博物館・伊豫稲荷神社・厳島神社が知られる。在銘の定秀が世に出ることは稀であり、私蔵の一口は古き九州物を求める収集家にとって最も稀なものの一つたり得るもの、入手のしやすさにではなく、豊後の伝統いかに始まったかを語る資料としてこそ価値がある。

鑑定

一人の古豊後の手の二つの面:生ぶ茎の在銘太刀・小太刀に見る沸づき程よく匂口のうるんだ穏やかな直刃調の小乱れと流れた白けごころの板目という、行平に近い九州古典の手と、本阿弥光常が定秀と極めた大磨上無銘の短刀の中程上で行平を超えて華やかに乱れる刃

定秀は平安時代末期乃至鎌倉時代初期頃の古豊後の刀工で、豊後国英彦山の住僧と伝え、説明書は行平の師とも、又一説に弟子とも記す。本工の典型は生ぶ茎の在銘太刀・小太刀で、細身に腰反り高く踏張りつき、鎌倉初期を降らぬ古雅な姿を呈する。板目肌が流れて柾がかり、地沸・地景つき、かね白けごころとなる地鉄に、細直刃が浅くのたれごころを帯びて小乱れを交え、匂口うるみ、小沸厚くつき、打のけ風・二重刃・金筋・砂流しを見せる。沸づきが程よく匂口のうるんだ直刃調の穏やかな作柄こそ九州古典派の見どころで、その手は行平に近似する。記録のもう一つの面は、本阿弥光常が朱銘で定秀と極めた大磨上無銘の短刀で、刃文が中程上で華やかに乱れ、行平には見られぬ出来とされる。在銘の定秀は極めて少なく、現存する銘字はいずれも資料性が高い。

鑑定の決め手

備前・山城の明るい直刃(冴えた匂口)にはない特徴

備前の乱れ映り(明るい映り)にはない特徴

作風の変遷

生ぶ茎の在銘太刀・小太刀(典型・最上手)

本工の最上の記録は、生ぶ茎で在銘、製作当初の姿を留めた太刀・小太刀である。細身に元先の幅差つき、腰反り高く踏張りつき、先伏さりごころとなって小鋒に結び、鎌倉時代初期を降らぬ古雅で優美な姿を呈する。地鉄は板目が流れて柾がかり、行平同様によく錬れて地沸・地景つき、かね白けごころとなる。これに細直刃が浅くのたれごころを帯び、小乱れを交え、匂口深めにうるみ、小沸厚くつき、打のけ風・二重刃に金筋・砂流しが刃中刃縁に細かにかかる。帽子は表が直ぐ調に先焼詰め、裏は浅くのたれ込み先小丸に僅かに返り、掃きかけを見せる。説明書はこの沸づき程よく匂口のうるんだ直刃出来を九州古典派らしい穏やかな魅力と評し、その手を行平に近いものとする。在銘の定秀は極めて少なく、銘字そのものが非常に貴重とされる。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

無銘短刀(本阿弥光常朱銘極め)

記録のもう一つの面は、生ぶ茎無銘の短刀で、延宝六年、本阿弥光常が定秀と鑑定して三拾枚の折紙をつけ朱銘を施したものである。平造、三つ棟、反り僅かにつく。地鉄は板目に杢を交え、肌立ち、地沸つき、地景入る。刃文は小湾れに大乱れを交え、匂深く小沸よくつき、砂流し・金筋頻りにかかり、帽子は僅かに乱れ込み先小丸に掃きかけかかる。彫物は表櫃内に倶利迦羅の浮彫、裏に梵字。説明書は、地鉄の点は全く常と異ならぬが、刃文が中程上で特に盛んに乱れ、行平には見られない出来であるとし、光常がこれを豊後の古作と鑑て、行平には見られぬ出来という点から定秀と極めたものとする。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

説明書は、経眼した定秀の銘振りが一律ではなく、そのいずれを典型とすべきか研究の余地があるとし、掲げる三振りの定秀が否定し難いものの中から選ばれたと記す。本工を豊後彦山に置き、行平との関係を師とも弟子とも一様でなく伝え、年紀のあるものは皆無であるとする。

無銘の短刀について説明書は、本阿弥光常がこれを豊後の古作と鑑て、しかも行平には見られない出来であるという点(中程上が特に盛んに乱れる)から定秀と極めたものであろう、流石であるとし、表の倶利迦羅の浮彫をはじめ彫物が行平にも見られる点を記す。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品3
御物—
特別重要刀剣—
重要刀剣2

名工ランク

0.12 (指定作品5点)

刀工の上位16%

伝来

伝来記録2件 の鑑定作品における Sadahide

伝来ランク

名家所蔵1点、伝来記録2件

刀工の上位71%

素点:1.89 / 10

刀姿

評価作品5点の分布

銘

評価作品5点の銘の種類

販売中

系譜

Sadahide
弟子
  1. 1.行平Yukihira38指定

Ko-Bungo派

Ko-Bungo派の他の刀工

  1. 1.行平Yukihira38指定
  2. 2.正恒Masatsune1指定