光忠は埋忠系図にはその名をあげぬものの、作域から鑑みて埋忠一門の金工と考えられている。年紀のあるものが皆無であるため明確ではないが、作風や古雅な手法から、明寿とほぼ同時代か、あるいはその前代に活躍したと推されている。一門中の先輩格と見なされることもあり、明寿と同時代、同派の鐔工と見るべきであろう。
光忠の作風は、真鍮を素材とする点に特徴がある。平地は凹凸地となり、地叢や布目象嵌を施したものが多く見られる。図柄は家紋散、地紙散、山水、花卉、道釈等があり、それらを銀や金を用いて布目象嵌であらわし、古雅な風趣を漂わせる。耳は変化を持たせて打返しているものが多い。真鍮地に小桜文の象嵌を施したものも見られる。作域から鑑みて、平地は凹凸地となり、地叢や布目象嵌を施したものが多く、明寿に比して洗練さにはやや欠けるものの、明寿より一層古雅な風趣を示すものが多いとされる。
現存する在銘作は数が少なく、有銘三点、その他数点に過ぎないとされる。銘は茎櫃の右側に二字銘に切る。作風は絵風と図案風の両様があり、本作は図案風のもので桐巴文を現わし、耳は捻返して特色のある出来で、地鑢が巧みに施されている。光忠作中傑出の一枚で作風も雅味深い。画面には桃山の気分が横溢し、同工極めの佳作である。