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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 瀬尾
  3. 正恒

正恒

Senoo Masatsune

特重
巻 12, 番 40 · 太刀

正恒

Senoo Masatsune

評価作品14点

国備中時代Genryaku (1184–1185)時代区分鎌倉流派瀬尾伝法備前伝代1st藤代最上作刀工大鑑2,500(上位1%)種別刀工コードMAS1223
1国宝
5重要美術品
3特別重要刀剣5重要刀剣

概要

説明書はまず室町期の古伝書から説き起こす。『元亀目利書』と『古今銘尽』は備中刀工を青江鍛冶と妹尾鍛冶とに区別し、青江鍛冶が銘文に「次」の字を用いることを通例とするのに対し、則高を祖とする妹尾鍛冶はこれを用いない。正恒はその「妹尾鍛冶を代表する刀工」であり、活躍期は平安時代末期から鎌倉時代初期に置かれる。鍛刀地は高梁川下流域、青江の地より東方備前寄りに位置し、一書はこの地が「平家の家人妹尾太郎兼康によって開かれた」と付記し、審査はこの地理と作風上の類似とをもって作中の備前気質を説明する。同派の是重・安家・弘恒・恒真・守恒・行真らの現存は稀有であって、妹尾鍛冶は事実上本工の遺作によって知られるが、その「遺例も少なくない」。なお旧い重要刀剣の指定書は同工を古青江正恒と題し、近年の指定が備中、さらに備中妹尾と題するに至る。

太刀は細身で腰反り深く、小鋒に結び、説明書は繰り返し「鎌倉時代初期を下らぬ古典的で優美な太刀姿」と記す。刃文は中直刃調に浅くのたれ、小乱れ・小互の目・小丁子を交える。足・葉よく入り、総体に小沸がつく。処々刃縁は細かにほつれ、金筋・砂流しがかかる。帽子は直ぐに小丸、あるいは焼詰め風となり、僅かに掃きかける。銘はやや太めの鏨で大振りに切る二字銘のみで、銘字を佩表に切るものと佩裏に切るものの両様が存在する。在銘の遺品は十二口を数え、説明書は「在銘である点も資料的に貴重」と繰り返し特記する。

地がねにこの工の国柄があらわれる。鍛えは小板目ないし板目に杢を交え、地沸厚くつき、地景細かに入り、地斑が交じって時に縮緬肌に近い態となり、淡く地斑映りが立つ。説明書は備中の見どころを定式のまま記す。すなわち「地がねが縮緬肌状を呈し、地斑があらわれ、鑢目が大筋違になる点に備中鍛冶の見どころを示している」。しかし全体の気質は東に傾く。古伝書に「備前物に似タリ」とある通り、青江鍛冶のそれに比して備前気質があり、重要美術品の解説は小沸深い直刃に小乱の交じる出来を挙げて「沸足繁く入り、同工の特色をよく示している」と評する。

この名をめぐる学問は重層的である。銘振りには種々が認められ、「同名一人に限らないようであり」、隣国の古備前正恒との繋がりも地理と作風の両面から想定されるが、なお今後掘り下げて検討すべき課題と明記される。指定の扱い自体も学問とともに移ろい、昭和期の重要刀剣は古青江と題し、平成以降の指定は備中、次いで備中妹尾と題する。記録には旧鑑定が両名の線を越えた一例が残る。一口の太刀には「元文五年には本阿弥光勇が備前正恒の折紙を添えている」が、今日精査するに、地がねは「地斑の交じった所謂縮緬肌に近い態」であり、原鑢目が明らかに大筋違であることから、「備中妹尾系の正恒と鑑するのが妥当」とされた。彫物は例外に属し、樋のある一口を重要美術品の解説は「正恒には珍らしい」と特記する。

本工の鑑定の眼目は同名問題、すなわちほぼ同時代に隣国で鎚を執った二人の正恒にある。説明書は包み隠さない。多くの一口は「一見古備前正恒に近接した出来口」と書き起こされ、同時代の古備前物に比して「幾分渋味の感ぜられるものが多い」一方、「中には殆ど択ぶところのない作例もある」と認められる。つまり作風だけでは両者は分かれず、判定は本工自身の見どころに帰する。特別重要刀剣の説明書はその通則を示す。「多くは古備前に比しては匂口がやや沈みごころで、肌目の立つものが一般的」であり、そこに僅かながら備中物の個性が見られるという。これに地斑の交じる縮緬肌状の地がねが加わり、茎には決定的な見どころとして明らかに大筋違の原鑢目が残る。古い本阿弥折紙を覆したのも、まさにこの点であった。

指定を受けた作は十四口、うち特別重要刀剣三口・重要刀剣五口、重要美術品五口を数える。藤代の格付けは最上作、刀工大鑑の評価は二五〇〇である。来歴の録された作は七口。特別重要の一口は戦国武将佐竹義重の佩刀と伝えて江戸時代後期に幕臣吉川家へ伝わり、折返銘の刀は仙台伊達家に伝来した。指定は特別重要・重要・重要美術品の各級にあって私蔵の道が閉ざされてはいないが、現所有の知られるものは殆ど私蔵であり、市に現れることは稀である。蒐集家が現実に見え得るのは、「地刃に潤いを感じさせるいかにも古調な一口で格調が高く」と評された級の、平安末期乃至鎌倉初期の二字銘太刀であり、その一口の出現自体が稀な機会である。

鑑定

古備前という鏡に映した一様の妹尾の作風。刃文の軸(直刃基調の小乱れに足・葉。直刃は当工88%対古備前正恒67%、小乱れは75%対86%)はほぼ共有され、作風だけでは両正恒は分けられない。鑑別は地(地斑・縮緬肌に近い肌合)、茎(大筋違の原鑢目)、やや沈みごころの匂口に存する

正恒は則高を祖とする備中妹尾鍛冶を代表する刀工で、平安末期から鎌倉初期に活躍した。旧い重要刀剣指定書では古青江正恒として扱われ、銘振りには種々が認められて同名一人に限らないようである。太刀は細身で腰反り深く小鋒の古典的な姿を保つ。鍛えは板目ないし小板目に杢を交え、地沸厚く地景細かに入り、地斑があらわれて縮緬肌に近い態となり、淡く地斑映りが立つこともある。刃文は中直刃調に浅くのたれ、小乱れ・小互の目・小丁子を交え、足・葉よく入り、小沸つき、ほつれ・金筋・砂流しがかかる。帽子は直ぐに小丸または焼詰め風で、僅かに掃きかける。銘は太鏨で大振りの二字銘のみを、佩表・佩裏の両様に切る。一見して古備前正恒に近似し、この同名問題こそ本工の眼目であるが、説明書は地斑交じりの地がね、明らかな大筋違の原鑢目、やや沈みごころの匂口によって備中へ引き戻す。

鑑定の決め手

古備前正恒にはない特徴

作品の50% ・ 古備前正恒比 14.3倍

審査員自身の質的対比。特別重要の二口に「多くは古備前に比しては匂口がやや沈みごころで、肌目の立つものが一般的」と派の通則として記され、そこに僅かな備中物の個性が見られるとする

作風の変遷

妹尾の作風(全作一様)

細身で腰反り深く小鋒の太刀に、板目ないし小板目に杢を交えた鍛えを見せ、地沸厚く、地景細かに入り、備中鍛冶の地斑があらわれ、処々肌立ち、時に淡く地斑映り・乱れ映りが立つ。刃文は中直刃調に浅くのたれ、小乱れ・小互の目・小丁子を交え、足・葉よく入り、小沸つき、刃縁ほつれ、金筋・砂流しがかかる。帽子は直ぐに小丸または焼詰め風となり、僅かに掃きかける。十六口中十二口が二字銘の在銘作である。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

『元亀目利書』『古今銘尽』は備中刀工を、個名に「次」の字を通例用いる青江鍛冶と、則高を祖としこれを用いない妹尾鍛冶とに区別する。

銘振りには種々が認められて同名一人に限らないようであり、古備前の正恒とも何らかの繋がりが想定されるが、今後掘り下げて検討すべき課題と明記される。

妹尾鍛冶の鍛刀地は高梁川下流域の青江の地より東方備前寄りに位置し、一書は妹尾の地が平家の家人妹尾太郎兼康によって開かれたと付記する。審査はこの地理と作風的類似をもって備前寄りの作風を説明する。

一口には備前正恒と極めた元文の本阿弥光勇折紙が添うが、地斑の交じった縮緬肌に近い地がねと明らかに大筋違の原鑢目とから、備中妹尾系の正恒と鑑するのが妥当とされた。両名交錯の最も明確な記録である。

銘は太めの鏨で大振りに切る二字銘のみ。妹尾鍛冶は青江鍛冶と異なり銘字を太刀銘に切るものが多いが、正恒には佩表に切るものと佩裏に切るものの両様がある。

樋を掻く作は稀で、重要美術品の解説は樋のある一口を「正恒には珍らしい」と特記する。

指定

国宝1
重要文化財—
重要美術品5
御物—
特別重要刀剣3
重要刀剣5

名工ランク

0.66 (指定作品14点)

刀工の上位4%

伝来

伝来記録8件 の鑑定作品における 正恒

伝来ランク

名家所蔵4点、伝来記録8件

刀工の上位22%

素点:2.05 / 10

刀姿

評価作品14点の分布

刀
214%

銘

評価作品14点の銘の種類

販売中

系譜

正恒
弟子(2名)
  1. 1.守恒Moritsune2指定
  2. 2.宗忠Munetada1指定

瀬尾派

瀬尾派の他の刀工

  1. 1.行眞Yukizane4指定
  2. 2.助眞Sukezane3指定
  3. 3.安光Yasumitsu1指定
  4. 4.宗忠Munetada1指定
  5. 5.安家Yasuie2指定
  6. 6.則高Noritaka2指定
  7. 7.包安Kaneyasu1指定
  8. 8.則恒Noritsune1指定
  9. 9.則常Noritsune1指定
  10. 10.時眞Tokizane1指定
  11. 11.行國Yukikuni1指定
  12. 12.守恒Moritsune2指定

正恒

正恒(Masatsune)は、備中の瀬尾派の刀工です。

Genryaku (1184-1185)に活動しました。

作風は備前伝に属します。

正恒の作品には、国宝1点、特別重要3点、重要5点が指定されています。