越中守正俊は、関兼道の第四子で、伊賀守金道、来金道、丹波守吉道の三兄を持つ。三品一門の中では特に作域が広く、技術も優れていると評される。活動時期は寛永年間を中心とする。
正俊の作風は、板目肌に特徴があり、「板目に柾ごころの肌交じり、肌立ち、地沸つく」と表現されることが多い。また、刃文は互の目乱れを基調とし、「互の目、尖り刃、矢筈風の刃、小のたれなど交じり、足入り、飛焼頻りにかかり、沸ムラに処々荒くつき、砂流しかかる」など、変化に富んだ作風を示す。特に、同派の見どころである帽子は「のたれて先尖って返る三品帽子」を顕著に打ち出しており、正俊の作柄を特徴づける要素の一つとなっている。作刀姿としては、身幅広く大切先の堂々たる姿のものがみられる。薙刀の作例も現存しており、器用で様々な作風を見せたことが窺える。
重要刀剣の指定品には、寛永2年、3年、4年の年紀銘がみられ、晩年の作も資料価値が高い。総じて、匂口明るく冴えた作風を示し、一門の中でも特に器用で、作域が多様であると評価されている。