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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘流派
  1. 流派
  2. 二王
  3. 清綱

清綱

Nio Kiyotsuna

特重
巻 17, 番 52 · 太刀

清綱

Nio Kiyotsuna

評価作品10点

国周防時代Einin (1293–1299)時代区分鎌倉流派二王伝法Wakimono種別刀工コードKIY582
2重要文化財
3重要美術品
1特別重要刀剣4重要刀剣

概要

周防国二王派は、保延頃(一一三五〜四一)に清真または清平を祖として始まると伝えるが、本文はいずれにも確実な遺作を見ないと記し、今日では清綱を「事実上の祖」とする。最古の年紀作であり、初代を鑑する基準作でもあるのが、「文永二年三月 清綱」と書き下しの銘のある太刀で、厳島神社に伝存する。以後、同銘は室町時代、さらに新刀期にまで連綿と続き、清綱の名は代を重ねた。二王の呼称は同国仁保庄に居住したことに由来するとの説が有力だが、初代清綱が二王堂の火災に際し自らの作刀で鎖を切り二王尊を助けたとの伝承もあり、派名そのものがこの語呂を負う。本工は鎌倉時代末期、よく記録の遺るこの一派の主たる代の工で、その作位は山城来と大和本国との間に位置する。

作風は大和色の強い地方物で、本文はその理由を明言する。周防には東大寺などの寺領が多く存在し、二王派の作風に「大和色が強い」のは大和本国との交流によるものと考えられている、と。太刀は細身で鎬高く、重ねやや厚め、腰反りの高い鎌倉末期の姿を示し、短刀は平造で僅かに内反りつく。鍛えは板目に少しく杢を交え、総体に流れ、処々強く流れて柾がかり、細かに肌立つ。刃文は細直刃に小足を入れ、小互の目を連れて交え、小沸つき、砂流し・時に金筋がかかる。総体に派手ではなく、静かでよく締まった作位である。

同派が拠り所とする山城・大和の直刃の作と分かつ「同派の個性」として本文が明記するのは二つ、すなわち「白け映りが立ち、刃文がうるむ点に、同派の個性が認められる」というところである。地鉄には冴えた映りではなく白け映りが立ち、これと対をなして匂口がうるむ。腰元はしまり加減で上半がうるみ、来・手掻の直刃に見る冴えた匂口は、ここではより湿った沈みごころの態に替わる。帽子は直ぐに小丸に返る。いずれも冴えではなく静けさの見どころであり、地と刃に名指されたこの静けさこそが極めを定める。

一派は一貫した作域を二つの作位に読む。在銘の太刀・短刀は棟寄りに細鏨の二字銘を切り、原鑢の鷹の羽を残す。本文はその銘字を「古い手の清綱の典型」と評して在銘作を初代に充て、鑢目と銘がともに鮮明に保存される点を喜ぶ。これに対して無銘大磨上の刀は、同じ拠り所を裏から読んで極められる。すなわち流れて柾がかり肌立った鍛え・白け映り・うるみ刃文である。ある刀についてこれらの点を、「二王派、就中、清綱の特色が顕著にあらわれている」と本文は記す。最古手の在銘太刀の一口は地刃に些かの緩みもなく、「同工のみならず同派の特色がよくあらわれている」と評され、稀な生ぶ茎在銘の短刀が形を支える。本文はこの鎌倉末期の手を、名を継いだ南北朝・室町の清綱と分かち、建武二年(一三三五)紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が同派の継続を示す。

広い記録の中での位置は、まさに混ざり合うがゆえに読みやすい西国の祖というものである。流れて柾がかる鍛えは本文が周防の寺領に帰す大和の血脈であり、細直刃の素地は山城来を望む。そして両者に対して同派を位置づけるのは、白け映りとうるみの片方ではなく、その二つの組み合わせである。清綱の立ち流れて柾がかる肌は地に白けて映り、刃にうるんで、来の冴えた直刃とも大和の締まった作位とも異なる態を示す。本文が説明ごとに立ち返るのはこの取り合わせにほかならない。一派自身の語るところでは、本工はその最初の知り得る手であり、他を測る代である。

その名を負う指定の重みは、確実な遺作の少ない地方物にふさわしく、数こそ多くないが実がある。最古手の在銘太刀一口が特別重要刀剣、在銘・無銘の数口が重要刀剣、重要文化財二口、戦前の重要美術品三口が基準作に列なる。来歴は遺るところに格がある。重要美術品の太刀の一口は、戦前の認定時に徳川宗家の徳川家達が所有し、後に佐野美術館に納まった。在銘の一口は大阪の加島勲の所蔵から昭和十四年に認定され、静嘉堂に伝わる。基準作たる年紀の太刀は厳島神社に伝存する。遺るものの多くは取引されず手元に留まり、重要文化財は社寺・機関に蔵される文化財であって、特別重要・重要の作とて記録に所在の知れるものが市に現れることは稀である。鷹の羽の鑢目と古い二字銘を残した在銘の清綱は、地方物の鎌倉作を集める者が出会い得る最も稀なもののひとつで、時に、根気をもってあらわれ、現れたときは一里塚となる。

鑑定

本文が繰り返し描く一貫した二王の作域を、二つの作位で読む。在銘の細身腰反りの太刀・短刀と、同じ白け映り・うるみ刃文によって同派に極められる無銘大磨上の刀である

清綱は周防国二王派の事実上の祖とされる西国の地方刀工で、派名は仁王(金剛力士)に通じる。伝承上の祖清真・清平には確実な遺作を見ず、今日では清綱を事実上の祖とし、その最古の年紀作は厳島神社の文永二年(一二六五)紀の太刀である。作風は大和色の強い地方物で、本文はその大和色を、周防に東大寺などの寺領が多く存在したことに繋げる。細身で鎬高く腰反りのついた太刀を造り込み、鍛えは板目が流れて柾がかり、細かに肌立ち、地沸微塵につき、地景細かに入る。刃文は細直刃・直刃調に小足・小互の目を連れて交え、小沸がつく。同派が拠り所とする山城・大和の作風と分かつ「同派の個性」として本文が明記するのが、地鉄に立つ白け映りと、刃文がうるむ点の二つである。帽子は直ぐに小丸に返り、棟寄りの細鏨の二字銘は「古い手の清綱の典型」とされ、原鑢の鷹の羽とともに初代と鑑せられる。

鑑定の決め手

来国俊(山城)・手掻包永(大和)にはない特徴

作品の56% ・ 来国俊(山城)比 56.0倍

作品の44% ・ 手掻包永(大和)比 3.7倍

作品の33% ・ 来国俊(山城)比 5.5倍

作風の変遷

清綱の二王の作域(典型)

細身の鎬造、庵棟、鎬高く、重ね厚め、腰反り高く中鋒ないし小鋒に結ぶ太刀姿、短刀は平造で僅かに内反りつく。鍛えは板目に杢を交え、総体に流れ、処々強く流れて柾がかり、細かに肌立つ。地沸微塵につき地景細かに入り、白け映りが立つ。刃文は細直刃ないし直刃に僅かに小足入り、小互の目を連れて交え、小沸つき、砂流し・時に金筋かかり、総体にうるみごころを呈し、腰元はしまり加減、匂口明るい。帽子は直ぐに小丸に返る。在銘太刀の茎は鷹の羽の鑢目に、棟寄りの細鏨の二字銘を切る。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
小沸
帽子 Bōshi
在銘の太刀・短刀(細身腰反りの造込み、鷹の羽の鑢目、初代の典型たる二字銘)— 本文が初代と鑑する在銘作。細鏨の二字銘と原鑢の鷹の羽は「古い手の清綱の典型」と評される
二字銘
無銘大磨上の刀(同じ白け映り・うるみ刃文によって同派に極められる)— 無銘で二王清綱に極められる刀。本文は流れて柾がかり肌立った鍛え・白け映り・うるみ刃文に極めの拠り所を置き、「二王派、就中、清綱の特色が顕著にあらわれている」とする
研究

祖の問題は未決である。伝承は保延頃の清真・清平を挙げるが、いずれも確実な遺作を見ず、今日では清綱を事実上の祖とし、最古の年紀作を文永二年の太刀とする。

本文は棟寄りの細鏨の二字銘を「古い手の清綱の典型」と読み、在銘作を初代に充て、鑢目を原鑢の鷹の羽とする。

山城・大和の直刃の作と分かつ同派の個性を、本文は地鉄に立つ白け映りと刃文のうるみの二つに見定める。

作風の大和色の強さは、周防に東大寺などの寺領が多く存在したことによるとされ、大和本国との交流の証と解される。

指定

国宝—
重要文化財2
重要美術品3
御物—
特別重要刀剣1
重要刀剣4

名工ランク

0.43 (指定作品10点)

刀工の上位6%

伝来

伝来記録6件 の鑑定作品における 清綱

伝来ランク

名家所蔵0点、伝来記録6件

刀工の上位52%

素点:1.97 / 10

刀姿

評価作品10点の分布

銘

評価作品10点の銘の種類

販売中

二王派

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  12. 12.二王Nio3 販売中1指定

清綱

清綱(Kiyotsuna)は、周防の二王派の刀工です。

Einin (1293-1299)に活動しました。

作風はWakimonoに属します。

清綱の作品には、重要文化財2点、特別重要1点、重要4点が指定されています。