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概要·鑑定·指定·伝来·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定伝来刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 筑前
  3. 實阿

Chikuzen Jitsua

實阿

特重
巻 25, 番 64 · 太刀

Chikuzen Jitsua

實阿

評価作品27点

国筑前時代Kagen–Kenmu (1303–1335)時代区分南北朝流派Chikuzen伝法Wakimono代pre-founder師匠Sairen藤代Jo saku刀工大鑑900(上位10%)種別刀工コードJIT1
1重要文化財
2重要美術品
2特別重要刀剣22重要刀剣

概要

筑前の実阿は、その活躍期が自らの手で年記される。元弘三年(一三三三)・建武二年(一三三五)紀の太刀が現存し、古剣書には嘉暦二年(一三二七)の刀絵図が見えるため、その年代は一派の中でも最も確実な工の一人である。説明書は本工を西蓮国吉の子・大左、すなわち天才児左文字の父と伝え、九州古典派の系がその明るい相州風へ転ずる直前の蝶番に置く。良西・入西・西蓮と続く伝統のうちに働き、NBTHKはその作を、彼ら自身の言葉でいえば「九州古典派の作域を墨守した」ものと読む。

その特色ある手は、九州古典派の作風を最も荒く推し進めたものである。鍛えは板目に大板目・杢を交えて肌立ち、流れごころとなって刃寄り柾がかり、最も典型的な作では綾杉風の肌を呈する。説明書は本工を一系の中でも最も荒ぶる鍛えの工と名指し、「一派の中で最も荒ぶる傾向にある」とし、さらにその肌立ち流れる地鉄が時に同国の波平に通うとする。これに焼幅低めの、あるいは細直刃を焼き、刃縁ほつれて、説明書がその刃を「匂口がうるみごころの直刃を焼く」と評するとおり、小沸つき砂流し・金筋かかる。帽子は直ぐに掃きかけて小丸となり、時に焼詰めとなる。

地鉄は終始変わらぬところで、しかも黒い。肌立つ地に地沸厚くつき、地景入り、かねは黒味をおびて鎬寄りに淡く白け映りが立つ。これは備前地鉄の明るい乱れ映りとは異なる九州の地で、黒いかねとうるみの匂口とともに、実阿を見分ける三点をなす。鍛えがつまれば映りはいよいよ冴え、大模様の流れる大板目にゆるめば、judgesの名指す黒く荒い相が前に出る。地刃ともに説明書はこの時代の、ある一文に「九州物気質」と呼ぶところを見出し、大和物とも異なる地方色をその見どころに数える。

その記録は自ずから二つの register に分かれる。一方には、一系の基準となる僅少な在銘作が立つ。太刀で、入西・西蓮の細身の造込みに比べて幅広のものが数口あり、重ね厚く、磨上ながらも踏張りしっかりと残り腰反り高くつく。これに細身で尋常の内反りの在銘短刀二口が加わる。在銘作を分かつのは銘そのもので、茎尻近くに常より遥かに大振りの太い二字銘・三字銘を切り、字画は常の通りながら字体は大振りで、ある特別重要刀剣はこれを「他に類がない程に大振り」と評する。他方には記録の大半をなす大磨上無銘の刀・薙刀直しが立ち、時代と一派から極められて、同じ鍛えと同じ静かな直刃を見せる。

実阿をその両隣から分かつのは、まさに極めの言うところである。より静かな先人西蓮・入西とは、幅広の造込みとより荒く流れる地鉄によって分かたれ、名高い子とは刃と鉄の双方によって分かたれる。説明書が「大左が地刃共に明るく冴えた相州伝の作風を大成した」とするのに対し、実阿自身の直刃は焼幅低く沈みごころで、黒く肌立つ地の上に匂口うるむ。その作はその輝きが育った古典的な九州の根であり、説明書はこれを次代の天才児を生み出した礎地と読む。

収集の観点では、稀な初期九州の名である。藤代の極めは上作。国宝はなく、その記録は重要文化財一口、特別重要刀剣・重要刀剣、そして戦前の重要美術品を通じ、特別重要刀剣・重要刀剣の級に二十四口を数える。所在の知られる限り、その作は来歴の確かな旧家・機関に伝わる。堂々たる在銘太刀は上杉家に伝来し、他は島津家・柳川立花家に降り、二宮家旧蔵の重要美術品が佐野美術館に、いま一口が黒川古文化研究所に蔵され、さらに京都国立博物館・熱田神宮にも作が記録される。在銘作は遥かに稀で、在銘短刀に至っては殆ど他に類を見ず、在銘の実阿が世に出ることは稀である。大磨上無銘の極めにしても、その多くは伝えられて商われることは少なく、私蔵の一口は収集家にとって注目すべきもの、左文字を生んだ九州の手を語る証である。

鑑定

一人の九州古典派の手を二つの register で読む:一派の中で最も荒く最も流れる主たる作風で、肌立って黒く綾杉ごころを帯びた板目に白け映り立ち匂口うるみの焼幅低めの直刃を焼く本流(在銘・大磨上無銘いずれも)と、僅少な生ぶ茎の在銘太刀・短刀で、常より大振りの太い銘と元弘・建武の年紀が一系全体の基準となる作

実阿は鎌倉時代末期から南北朝時代初頭にかけての筑前の刀工で、西蓮国吉の子・大左(左文字)の父と伝え、九州古典派の系が子の明るい相州風へ転ずる直前の蝶番に立つ。年代は確実で、元弘三年(一三三三)・建武二年(一三三五)紀の太刀が現存し、古剣書に嘉暦二年(一三二七)の刀絵図が見えるため、一派中でも最も年代の確かな工の一人である。作風は九州古典派の手を最も荒く推し進めたもので、板目に大板目・杢を交えて肌立ち流れごころとなり、時に綾杉風の肌を呈し、地沸厚く地景入り、かね黒みをおびて淡く白け映りが立つ。これに焼幅低めの直刃あるいは細直刃を焼き、刃縁ほつれて砂流し・金筋かかり、小沸つき、匂口はうるみ・沈みごころとなる。帽子は直ぐに掃きかけて小丸あるいは焼詰めとなる。説明書は本工を九州古典派一派の中で最も荒ぶる鍛えの工と名指し、その肌立ち流れる地鉄が時に同国の波平に通うとする。在銘作は頗る僅少で常より大振りの太い銘を切り、記録の大半は時代と一派から極められた大磨上無銘の刀である。

鑑定の決め手

備前の乱れ映り(明るい備前地鉄の映り)にはない特徴

山城物のよくつんだ小板目にはない特徴

子大左の相州風の明るく冴えた匂口にはない特徴

備前・山城の冴えた明るいかねにはない特徴

作風の変遷

九州古典派の本流を最も荒く推し進めた手(典型・主たる作風)

本工の主たる作風は、僅少な在銘作にも、極められた大磨上無銘の刀にも共通する九州古典派の手を、最も荒い register に推し進めたものである。鍛えは板目に大板目・杢を交えて肌立ち、流れごころとなって刃寄り柾がかり、時に綾杉風の肌を呈する。地沸厚くつき、地景入り、かね黒味をおびて鎬寄りに淡く白け映りが立つ。その地に焼幅低めの、あるいは細直刃を焼き、時に小互の目ごころを交えた中直刃となり、刃縁はほつれて打のけを交え、匂口はうるみ・沈みごころとなり、小沸つき、砂流し・金筋頻りにかかる。帽子は直ぐ調あるいは浅くのたれて掃きかけ、小丸・大丸に返るか焼詰めとなる。大磨上の刀には表裏に棒樋、時に添樋を掻き通す。説明書はこれを良西・西蓮と続く九州古典派の風を墨守した作域としつつ、本工をその一派の中で最も荒ぶる鍛えの工と名指し、その肌立ち流れる地鉄が時に同国の波平に通うとする。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

僅少な生ぶ茎の在銘太刀・短刀(年代の基準作)

無銘の極めの傍らに、一系の基準となる僅少な在銘作が立つ。これらは太刀で、入西・西蓮の細身の造込みに比べて幅広のものが数口あり、重ね厚く、磨上ながらも踏張りしっかりと残り腰反り高くつき、中鋒は時に詰まりごころで猪首風となる。在銘の短刀二口は細身で尋常の内反りである。これらにも同じ九州の手が現れ、大きく流れる板目肌立ち、地沸厚くつき淡く白け、焼幅低めの直刃にほつれ・小沸・砂流し・金筋かかり、帽子は直ぐに掃きかけて小丸あるいは焼詰めとなる。在銘作を分かつのは銘そのもので、茎尻近くに常より遥かに大振りの太い二字銘・三字銘を切り、字画は常の通りながら字体は常よりも大振りで、説明書はこれを他に類を見ない程と評する。元弘三年・建武二年紀の太刀がその活躍期を確実に定め、この僅少な register が無銘の極めを読む基準となる。

姿 Sugata
地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

説明書は現存する元弘三年(一三三三)・建武二年(一三三五)紀の太刀と古剣書の嘉暦二年(一三二七)の刀絵図から実阿の年代を定め、左文字の祖父とも父とも伝えること、現存する有銘作、わけても在銘短刀が極めて稀であることを記す。

説明書は地刃にこの時代の九州物気質があり、大和物とも異なって一種の地方色のあることをその見どころとし、本工を一派の中で最も荒ぶる工と名指し、その肌立ち流れる地鉄が時に同国の波平に通うところを注目すべきとする。

指定

国宝—
重要文化財1
重要美術品2
御物—
特別重要刀剣2
重要刀剣22

名工ランク

0.27 (指定作品27点)

刀工の上位9%

伝来

伝来記録6件 の鑑定作品における Jitsua

伝来ランク

名家所蔵2点、伝来記録6件

刀工の上位49%

素点:1.98 / 10

刀姿

評価作品27点の分布

銘

評価作品27点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Sairen
Jitsua
弟子
  1. 1.左Sa74指定

Chikuzen派

Chikuzen派の他の刀工

  1. 1.西蓮Sairen44指定
  2. 2.入西Nyusai1指定
  3. 3.良西Ryosai1指定