時期13331500Bungo

1333–1500

国宝
重要文化財1
重要美術品
御物
特別重要刀剣
重要刀剣4
5指定品総数
5名工数
100%在銘 100%
100%名工帰属 100%

概要

豊後の刀工は九州にあって古くは行平を擁する古豊後の流れに始まるが、本区分はその後を承けた後代の豊後を指す。説示には南北朝期の豊後鍛冶の代表工とされる友行が挙げられ、初代を建武・文和の頃、二代を貞治・至徳の頃とし、貞治・至徳の年紀を有する短刀が現存する。下って室町期に入ると、友行の子と伝える貞行が応永頃に現れ、平高田派の名を負って作刀を続けた。さらに宝徳頃には豊後国直入郡朽網郷に則貞の名が見え、朽網鍛冶と称される一群を成すが、その遺例は甚だ少なく、なお詳らかでない部分が多い。これらの工は高田の地を中心に展開し、後代豊後の継承を担った。

作風は説示の伝えるところ、後代に至って直刃を基調としつつ小互の目を交え、あるいは小湾れに小丁子や小乱れを交える出来を見せる。則貞の刀は中直刃を基調に小互の目を交じえ、匂口がうるみごころとなって沈むなど滋味な出来口を示し、高田一派と共通する作風を備える。友行の短刀には九州物に共通する大和風と称すべき趣があり、筑前の左安吉や備前長船の延文兼光一派の作に近づくものもある。地鉄には棒映り風の白けうつりや淡い映りの立つものがあり、板目が流れて肌立つ傾向を伴う。行平の代に見られた精緻な彫物を主とする古豊後の精美とは趣を異にし、概して地味で実直な出来へと移っている。資料が乏しいため断ずるには慎重を要するが、説示が記す範囲ではこうした傾向が読み取れる。

後代豊後を古豊後と分かつ鑑定の眼目は、行平らに見る精美な作域から離れ、直刃ないし小互の目を主とする地味な出来へと向かう点にある。主要な工としては南北朝期の友行、その子と伝える応永頃の貞行、宝徳頃の朽網の則貞らが挙げられ、貞行は平高田派の中でも時代が古く出来も優れるとされる。則貞の刀は『光山押形』に載り、在銘で宝徳三年の年紀を有する稀少な作として伝来し、朽網鍛冶や豊後刀の研究に資するところが大きい。年紀を備えた在銘作の遺例は乏しく、こうした基準作が後代豊後の輪郭を辿る手がかりとなる。

指定

5 指定 · 5 名工数

主要工

上位指定の希少度で順位付け

  1. 1.則貞1449-14521
    流派内 20%
  2. 2.貞行1394-14281
    流派内 20%
  3. 3.友行1334-13381
    流派内 20%
  4. 4.友行1362-13681
    流派内 20%
  5. 5.國重1381-13841
    流派内 20%

現在の出品

豊後派の他の時期