室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
相模守藤原廣重 -Sagami no kami Fujiwara Hiroshige- 刃長54.46センチ 反り1.41センチ 元幅30.0ミリ 元重ね7.5ミリ 物打幅22.8ミリ 横手位置幅20.2ミリ 物打重ね5.3ミリ 松葉先重ね5.2ミリ 目釘穴1個 裸身重量582グラム 室町後期天正頃(1513~) The middle period of Muromachi era 昭和34年7月23日 広島県登録 附属 素銅地下貝金鍍金上貝銀着楓に鹿模様二重はばき、白鞘、特別貴重刀剣認定書 武州下原刀は、武蔵国弾軍の恩方村、横川村、慈根寺村(元八王子村)等に散在した山本姓を名乗る一族の刀工群が製作した刀剣類の総称で、現在の東京都八王子市で活躍しました。 この地は管領山内上杉領で、上杉家の老職(武蔵守護代)の滝山城主大石道俊、そして、小田原北条氏の関東制圧後は三代氏康の次男八王子城主北条氏照の庇護を受け、二代周重は北条氏康から”康”の一字を賜り「康重」と改名。康重の弟は、北条氏照から”照”の一字を貰い「照重」と改名。その後、徳川家からも厚く庇護され、その御用を勤めました。中には水戸光圀から一字を賜った刀工も居ります。 作刀上では室町時代末期より、安土桃山、江戸時代を通して、周重・康重・照重・廣重・正重・宗國、安國等の刀工を生み、代々下原鍛冶の伝統を受け継ぎ、江戸初期からは新刀伝をとり入れた作刀も多く見られ、下原鍛冶は十家に及び「下原十家」と言われました。江戸中期以降になると衰退するも、幕末まで続く武州唯一の刀工群です。 この脇指は元先の差が程好く開いて中切先となった、如何にも日本刀といった印象を与える上品な体配が印象的で、地鉄は小板目杢交じりで良く練れ、少しく肌立ち、纏まりが良く、刃文は匂口明るく冴えた直刃で、刃縁には地鉄に絡んだ金筋や稲妻が顕著。匂口は刃方と棟方双方に向かって微細に乱れ、鼠足入り、帽子は表裏共に直ぐに丸く返っています。 現状でははばき元と横手付近、棟の一部に小錆が見られますが、じゅうぶんに御観賞をお楽しみ頂けます。下地も良い研磨が施されているのでキリリとしており、見ためにも清々しさを感じさせます。 刀身の出来が非常に良く、附属する文様入りのはばきからも、相当な上士の指料であったことが窺えます。上述の小錆を部分研磨されるか、或いは全体を再研磨頂き、特別保存刀剣同時審査を御受審頂いて末長く御愛蔵頂きたい逸品です。
在銘 · Shimohara · 室町 · 長さ 54.46cm · 反り 1.41cm









武蔵 · 1592-1596頃
現在1点販売中
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
相模守藤原廣重 -Sagami no kami Fujiwara Hiroshige- 刃長54.46センチ 反り1.41センチ 元幅30.0ミリ 元重ね7.5ミリ 物打幅22.8ミリ 横手位置幅20.2ミリ 物打重ね5.3ミリ 松葉先重ね5.2ミリ 目釘穴1個 裸身重量582グラム 室町後期天正頃(1513~) The middle period of Muromachi era 昭和34年7月23日 広島県登録 附属 素銅地下貝金鍍金上貝銀着楓に鹿模様二重はばき、白鞘、特別貴重刀剣認定書 武州下原刀は、武蔵国弾軍の恩方村、横川村、慈根寺村(元八王子村)等に散在した山本姓を名乗る一族の刀工群が製作した刀剣類の総称で、現在の東京都八王子市で活躍しました。 この地は管領山内上杉領で、上杉家の老職(武蔵守護代)の滝山城主大石道俊、そして、小田原北条氏の関東制圧後は三代氏康の次男八王子城主北条氏照の庇護を受け、二代周重は北条氏康から”康”の一字を賜り「康重」と改名。康重の弟は、北条氏照から”照”の一字を貰い「照重」と改名。その後、徳川家からも厚く庇護され、その御用を勤めました。中には水戸光圀から一字を賜った刀工も居ります。 作刀上では室町時代末期より、安土桃山、江戸時代を通して、周重・康重・照重・廣重・正重・宗國、安國等の刀工を生み、代々下原鍛冶の伝統を受け継ぎ、江戸初期からは新刀伝をとり入れた作刀も多く見られ、下原鍛冶は十家に及び「下原十家」と言われました。江戸中期以降になると衰退するも、幕末まで続く武州唯一の刀工群です。 この脇指は元先の差が程好く開いて中切先となった、如何にも日本刀といった印象を与える上品な体配が印象的で、地鉄は小板目杢交じりで良く練れ、少しく肌立ち、纏まりが良く、刃文は匂口明るく冴えた直刃で、刃縁には地鉄に絡んだ金筋や稲妻が顕著。匂口は刃方と棟方双方に向かって微細に乱れ、鼠足入り、帽子は表裏共に直ぐに丸く返っています。 現状でははばき元と横手付近、棟の一部に小錆が見られますが、じゅうぶんに御観賞をお楽しみ頂けます。下地も良い研磨が施されているのでキリリとしており、見ためにも清々しさを感じさせます。 刀身の出来が非常に良く、附属する文様入りのはばきからも、相当な上士の指料であったことが窺えます。上述の小錆を部分研磨されるか、或いは全体を再研磨頂き、特別保存刀剣同時審査を御受審頂いて末長く御愛蔵頂きたい逸品です。
在銘 · Shimohara · 室町 · 長さ 54.46cm · 反り 1.41cm









武蔵 · 1592-1596頃
現在1点販売中
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。