二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
剣形 平造り、三つ棟(真の棟)、刀身彫り入り、姿は反りなく優美に俯く 刃渡り(長さ) 17.5センチ 反り 0センチ 元重ね5.5ミリ 先重ね4.0ミリ(平造のため切先から約43ミリの棟化粧研ぎ流し部で計測) 元幅 18.3ミリ 先幅 13.4ミリ(平造のため切先から約43ミリの棟化粧研ぎ流し部で計測) 刀身重量70g ハバキ 金無垢台付鎺 (9.3g 本業界でいう無垢とは純金を指しているものではございません。K14からK22など幅広く、個体差あり、金メッキや金着せと別にして呼ばれています) 目釘穴 3個 刃文 直調互の目交り 小沸出来 淡く映りたつ 砂流し、銀線、金線働く 帽子 掃き掛けて返る 鍛え 板目、杢交る 寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。 銘文 無銘 鑑定 筑紫信国 鞘書き 延寿国資(えんじゅくにすけ) 信国の評価額 550~850万円 延寿国資の評価額 750万円 茎仕立て 大筋違勝手下がり(作刀時の鑢目ではない) 説明 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 1/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 2/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 3/3 鞘書きの極めは延寿国資、日本美術刀剣保存協会の極めは筑紫信国となった短刀をご紹介致します。 刀身、剣形 平造り、三つ棟(真の棟)、刀身彫り入り、姿は反りなく優美に俯き、金無垢台付鎺 時代は南北朝時代後期から応永頃の間としてみております。 信国ついて 筑紫信国は南北朝時代の延文頃(1356年)から室町時代末期迄、九州で続いた刀工群である。 最初は京で作刀、応永頃から慶長頃までは豊前で作刀、慶長頃からは筑前、筑後、豊後、肥後など広く九州で活躍する。 初代信国は了戒久信の子、来国俊の曾孫にあたり、山城の堀川に住して貞宗三哲の一人に数えられる名工として知られる。 当初は定光、後に信国と改め、宇佐信国もしくは筑紫信国と呼称され室町時代を通して同派の名声を受け継ぐ。 本国の山城信国と区別するために、総じて筑紫信国と呼ばれる。 延寿について 延寿派は肥後国の国村が事実上の祖と伝えられ、国村ははじめ、大和より京都にでて来国行に学ぶ。 菊池氏の要請にこたえ肥後に移住し延寿派を創設、南北朝末期までのおおよそ百年間に国吉・国時・国泰・国安・国資・国信・国清等多くの名工を輩出する。 皇室に忠勤を励んで勤王鍛冶として知られ、特別重要刀剣、重要刀剣にいくつか認定されている刀剣がある。 どちらでみても時代が上がる品となります。作者でなければ100%断言できないところもありますが、鑑定時の状態、見解の違いによる極めと考えております。 研磨後の状態、新たな資料、研究等が進むと極めも変わるものですので、なかなか個銘まで極められない(末延寿、末手掻き等の極めが有る)ので現段階では個銘まで極められた「保存刀剣 信国」、又は「延寿国資」として観るのも良いのではないでしょうか。研磨等により、見た目もかわかることがあり、鑑定結果も変化、これも極めに相違がある一つの課題なのであります。 日本刀は日本の有形文化財でございます。 私たちが後世に残すべき大切な文化財です。 次の主が見つかるまでの間、一時的に弊社にてお預かりし、お世話をさせていただいております。 刀剣のお買取り、下取販売、仲介 も承っております。 商品の状態 *僅かな刃こぼれ有り(研磨で修復可) 刃切れ・刃絡み・・曲がり・撓え・膨れ・匂い切れ・駆け出しなどございません。 *時代による、汚れ、細かな擦れ傷,劣化等はご了承ください。写真を参考にしてください。
無銘 · 南北朝 · 長さ 17.5cm




筑前 · 1688-1704頃
現在1点販売中
二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト剣形 平造り、三つ棟(真の棟)、刀身彫り入り、姿は反りなく優美に俯く 刃渡り(長さ) 17.5センチ 反り 0センチ 元重ね5.5ミリ 先重ね4.0ミリ(平造のため切先から約43ミリの棟化粧研ぎ流し部で計測) 元幅 18.3ミリ 先幅 13.4ミリ(平造のため切先から約43ミリの棟化粧研ぎ流し部で計測) 刀身重量70g ハバキ 金無垢台付鎺 (9.3g 本業界でいう無垢とは純金を指しているものではございません。K14からK22など幅広く、個体差あり、金メッキや金着せと別にして呼ばれています) 目釘穴 3個 刃文 直調互の目交り 小沸出来 淡く映りたつ 砂流し、銀線、金線働く 帽子 掃き掛けて返る 鍛え 板目、杢交る 寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。 銘文 無銘 鑑定 筑紫信国 鞘書き 延寿国資(えんじゅくにすけ) 信国の評価額 550~850万円 延寿国資の評価額 750万円 茎仕立て 大筋違勝手下がり(作刀時の鑢目ではない) 説明 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 1/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 2/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 3/3 鞘書きの極めは延寿国資、日本美術刀剣保存協会の極めは筑紫信国となった短刀をご紹介致します。 刀身、剣形 平造り、三つ棟(真の棟)、刀身彫り入り、姿は反りなく優美に俯き、金無垢台付鎺 時代は南北朝時代後期から応永頃の間としてみております。 信国ついて 筑紫信国は南北朝時代の延文頃(1356年)から室町時代末期迄、九州で続いた刀工群である。 最初は京で作刀、応永頃から慶長頃までは豊前で作刀、慶長頃からは筑前、筑後、豊後、肥後など広く九州で活躍する。 初代信国は了戒久信の子、来国俊の曾孫にあたり、山城の堀川に住して貞宗三哲の一人に数えられる名工として知られる。 当初は定光、後に信国と改め、宇佐信国もしくは筑紫信国と呼称され室町時代を通して同派の名声を受け継ぐ。 本国の山城信国と区別するために、総じて筑紫信国と呼ばれる。 延寿について 延寿派は肥後国の国村が事実上の祖と伝えられ、国村ははじめ、大和より京都にでて来国行に学ぶ。 菊池氏の要請にこたえ肥後に移住し延寿派を創設、南北朝末期までのおおよそ百年間に国吉・国時・国泰・国安・国資・国信・国清等多くの名工を輩出する。 皇室に忠勤を励んで勤王鍛冶として知られ、特別重要刀剣、重要刀剣にいくつか認定されている刀剣がある。 どちらでみても時代が上がる品となります。作者でなければ100%断言できないところもありますが、鑑定時の状態、見解の違いによる極めと考えております。 研磨後の状態、新たな資料、研究等が進むと極めも変わるものですので、なかなか個銘まで極められない(末延寿、末手掻き等の極めが有る)ので現段階では個銘まで極められた「保存刀剣 信国」、又は「延寿国資」として観るのも良いのではないでしょうか。研磨等により、見た目もかわかることがあり、鑑定結果も変化、これも極めに相違がある一つの課題なのであります。 日本刀は日本の有形文化財でございます。 私たちが後世に残すべき大切な文化財です。 次の主が見つかるまでの間、一時的に弊社にてお預かりし、お世話をさせていただいております。 刀剣のお買取り、下取販売、仲介 も承っております。 商品の状態 *僅かな刃こぼれ有り(研磨で修復可) 刃切れ・刃絡み・・曲がり・撓え・膨れ・匂い切れ・駆け出しなどございません。 *時代による、汚れ、細かな擦れ傷,劣化等はご了承ください。写真を参考にしてください。
無銘 · 南北朝 · 長さ 17.5cm




筑前 · 1688-1704頃
現在1点販売中
二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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