時代 : 江戸後期 国 : 山城国 証書 : 財団法人日本美術刀剣保存協会 保存刀装具 鑑定書 形 : 鉄地 容彫 象嵌色絵 サイズ1 : 27.0x17.0 mm サイズ2 : 24.5x17.1 mm Period : Late Edo 18c~19c Country : Yamashiro Paper : NBTHK Hozon Tosogu Paper Size1 : 27.0x17.0 mm (1.06x0.67 inches) Size2 : 24.5x17.1 mm (0.96x0.67 inches) 鉄元堂正楽は江戸時代後期の京都三名刀の一人で、鉄を扱うと右にでるものがいないと定評の金工です。鉄屋伝兵衛国治の門人で、岡本正楽家の初代となり、門人には尚友、尚義などがいます。 目貫は一般的には赤銅地が多いですが、本作はやはり得意の鉄地に人物が容彫され、顔と手は銀で、着物と鎧には金象嵌が施された作品です。また、裏の根をみると、通常多い長方形ではなく丸い形状の根となっています。図柄は俊成忠度(しゅんぜいただのり)図とあり、源平の合戦で平忠度を討ちとった武蔵国の武士、岡部六弥太が忠度の箙(腰に着け矢を入れる武具)に和歌を書いた短冊が結び付けてあるのを見つけたので、忠度と歌道を通じて親しかった藤原俊成のもとへ、短冊を届けに来た場面を表現しています。討ちとった相手の和歌をわざわざ和歌友に届けるとはなんとも風情のある光景が連想される作品です。









正楽
江戸
山城
無銘
保存 (NBTHK)
町彫 · 山城
現在2点販売中
鉄元堂正楽は、京都の金工で、岡本源兵衛敏行と称し、工名は尚茂、正楽は後年入道剃髪してからの号である。鉄屋伝兵衛国治の門人であり、一宮長常、大月光興と共に『京都金工の三傑』に数えられる高名な金工として知られる。初代正楽には一人説と初・二代説があり、作風から活動時期は江戸時代中期から後期にかけてと見られる。作には年紀銘を伴うものも現存しており、天明二年(1782年)紀の作例や、安永八年(1779年)紀の作例が確認されている。安永九年(1780年)に没したとされる。
正楽の作風は、主として鉄を用い、鉄を自由にこなす点に特色がある。地鉄は精良で、「鉄物の上手」という定評があるように、鉄の素材を巧みに活かした作品が多い。鉄磨地、鉄石目地、鉄槌目地など、様々な地鉄の表現が見られる。彫技においては、鋤出高彫を得意とし、高彫に金、銀、赤銅、四分一、真鍮などの色金を象嵌する技法を駆使する。象嵌色絵は細部にわたり実に巧みであり、写生力に富み、躍動感に溢れた作風を示す。図柄は人物を得意とし、夕立人物図、韃靼人図、南蛮人図など、異国情緒のある題材や風俗を描いた作品が多い。夕立の情景を描いた作品は特に多く、多少なりの構図を変えて同図を多く製作している。また、牡丹に猫図のように、写生風の作例も見られる。鉄地に肉彫地透を施し、色金を象嵌した作例も存在し、その力強さこそが正楽の真骨頂である。
鉄元堂正楽の作品は、鉄を素材としたものが多く、緻密で鋤出から高彫に連繋する彫法は作品に深みをもたせて量感が増し、これに細やかな象嵌色絵を加えた作品は正楽の独壇場である。鉄のこなしから象嵌まで見事な手腕を披露しており、鉄を扱わせれば追随を許さないといわれる。総じて細部まで高い実力が伝わる仕上がりであり、構成、技法ともに高い水準を示す会心の出来映えを示す。その作風は、雄大、かつほのかなユーモアが感じられるものもあり、見る者を楽しませる要素を持つ。
正楽の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · 山城
現在22点販売中
鉄元堂は京都に拠点を置いた町彫金工の一派であり、江戸時代中期に岡本源兵衛敏行によって創始された。初代は鉄屋伝兵衛国治に師事し、工名を尚茂と称した。後年入道剃髪して正楽の号を用いた。安永九年(一七八〇)に没。一宮長常・大月光興と共に「京都金工の三傑」に数えられる高名な金工である。正楽には初・二代があり、宝暦から寛政にかけて活躍したとされ、二代は尚房の名で作品を遺している。この京都金工の圏域には、二条に住した細野惣左衛門政守——元禄三年や享保三年の年紀作が遺る——や、後藤就乗門下の山崎一賀(仁左衛門、同名数代あり)も含まれ、それぞれ独自の作風を展開した。 鉄元堂の作風を最も特徴づけるのは、鉄の圧倒的な掌握力である。説示に繰り返し「主として鉄を用い、鉄を巧みにこなす作者として定評が高い」[[c:2]]「鉄を自由にこなす」[[c:3]]「鉄を扱わせれば追随を許さない」[[c:4]]と記されるように、鉄地の扱いにおいて比類なき名声を得た。正楽は鉄磨地あるいは石目地を基調とし、鋤出から高彫に連繋する彫法によって作品に深みと量感を与える。要所には金・銀・赤銅・四分一・素銅・真鍮といった色金の象嵌色絵を丹念に施し、「難儀といわれる鉄への色金象嵌」[[c:5]]を綿密な出来映えに仕上げる技は「鉄元堂にして成し得る」[[c:6]]と称される独壇場であった。題材は写生に基づく人物図を最も得意とし、夕立人物図は「最も得意とした画題」[[c:7]]として同図の作品が数多く知られる。韃靼人と洋犬の異国情緒ある図、南蛮人図、帰樵図、還城楽図、風神大仏図など、力強い鏨力と豊かな動勢をもって描出されている。一方、細野政守は四分一や赤銅の地金に毛彫・片切彫と各種色金の平象嵌を駆使し、京の町の賑やかさや農作業の風景を画面一杯に展開する独自の細密画世界を築いた。山崎一賀は後藤家の作風を踏襲しつつも彫・色絵に濃やかさを加え、赤銅魚子地に高彫色絵の格調高い作品を制作した。 鉄元堂は京都町彫金工のなかでも鉄物の上手として独自の地位を占める。初代正楽の鐔は「地鉄もしっとりとした潤いを見せ」[[c:8]]「流石に鉄元堂にして成しえる出来映え」[[c:9]]と評され、鉄地の質感から象嵌に至るまで一貫して卓抜した技量を示す。夕立図では大小の鐔と縁頭に種々の場景を配して物語的な展開を見せ、韃靼人図では天明二年の年紀を有する作品が初・二代の研究において「資料的にも価値が高い」[[c:10]]と注記される。草摺曳図目貫に見られる金と赤銅の芋継地という古風な造込みは、後藤祐乗を意識した古雅な作風をも正楽が自在にこなしたことを示す。鐔が初代、小柄が二代という大小揃の存在は、「鉄物の上手、象嵌技術にも秀れると定評通りの作風」[[c:11]]が世代を超えて継承されたことの証左である。細野政守の農作業図鐔は「画面からは諸々の作業音とともに人々の会話が聞きとれそうである」[[c:12]]と讃えられる代表作であり、山崎一賀の淀城水車図揃金具は金の色絵を多用した「豪華絢爛な作風」を示す。こうした多彩な個性を擁する京都金工の一群として、鉄元堂の系譜は刀装具史において独自の位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品到着後3日以内にお電話にてご連絡の上、翌日にご返送ください。その際の郵送料、セキュリティーサービス料はお客様のご負担となります。
時代 : 江戸後期 国 : 山城国 証書 : 財団法人日本美術刀剣保存協会 保存刀装具 鑑定書 形 : 鉄地 容彫 象嵌色絵 サイズ1 : 27.0x17.0 mm サイズ2 : 24.5x17.1 mm Period : Late Edo 18c~19c Country : Yamashiro Paper : NBTHK Hozon Tosogu Paper Size1 : 27.0x17.0 mm (1.06x0.67 inches) Size2 : 24.5x17.1 mm (0.96x0.67 inches) 鉄元堂正楽は江戸時代後期の京都三名刀の一人で、鉄を扱うと右にでるものがいないと定評の金工です。鉄屋伝兵衛国治の門人で、岡本正楽家の初代となり、門人には尚友、尚義などがいます。 目貫は一般的には赤銅地が多いですが、本作はやはり得意の鉄地に人物が容彫され、顔と手は銀で、着物と鎧には金象嵌が施された作品です。また、裏の根をみると、通常多い長方形ではなく丸い形状の根となっています。図柄は俊成忠度(しゅんぜいただのり)図とあり、源平の合戦で平忠度を討ちとった武蔵国の武士、岡部六弥太が忠度の箙(腰に着け矢を入れる武具)に和歌を書いた短冊が結び付けてあるのを見つけたので、忠度と歌道を通じて親しかった藤原俊成のもとへ、短冊を届けに来た場面を表現しています。討ちとった相手の和歌をわざわざ和歌友に届けるとはなんとも風情のある光景が連想される作品です。









正楽
江戸
山城
無銘
保存 (NBTHK)
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鉄元堂正楽は、京都の金工で、岡本源兵衛敏行と称し、工名は尚茂、正楽は後年入道剃髪してからの号である。鉄屋伝兵衛国治の門人であり、一宮長常、大月光興と共に『京都金工の三傑』に数えられる高名な金工として知られる。初代正楽には一人説と初・二代説があり、作風から活動時期は江戸時代中期から後期にかけてと見られる。作には年紀銘を伴うものも現存しており、天明二年(1782年)紀の作例や、安永八年(1779年)紀の作例が確認されている。安永九年(1780年)に没したとされる。
正楽の作風は、主として鉄を用い、鉄を自由にこなす点に特色がある。地鉄は精良で、「鉄物の上手」という定評があるように、鉄の素材を巧みに活かした作品が多い。鉄磨地、鉄石目地、鉄槌目地など、様々な地鉄の表現が見られる。彫技においては、鋤出高彫を得意とし、高彫に金、銀、赤銅、四分一、真鍮などの色金を象嵌する技法を駆使する。象嵌色絵は細部にわたり実に巧みであり、写生力に富み、躍動感に溢れた作風を示す。図柄は人物を得意とし、夕立人物図、韃靼人図、南蛮人図など、異国情緒のある題材や風俗を描いた作品が多い。夕立の情景を描いた作品は特に多く、多少なりの構図を変えて同図を多く製作している。また、牡丹に猫図のように、写生風の作例も見られる。鉄地に肉彫地透を施し、色金を象嵌した作例も存在し、その力強さこそが正楽の真骨頂である。
鉄元堂正楽の作品は、鉄を素材としたものが多く、緻密で鋤出から高彫に連繋する彫法は作品に深みをもたせて量感が増し、これに細やかな象嵌色絵を加えた作品は正楽の独壇場である。鉄のこなしから象嵌まで見事な手腕を披露しており、鉄を扱わせれば追随を許さないといわれる。総じて細部まで高い実力が伝わる仕上がりであり、構成、技法ともに高い水準を示す会心の出来映えを示す。その作風は、雄大、かつほのかなユーモアが感じられるものもあり、見る者を楽しませる要素を持つ。
正楽の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · 山城
現在22点販売中
鉄元堂は京都に拠点を置いた町彫金工の一派であり、江戸時代中期に岡本源兵衛敏行によって創始された。初代は鉄屋伝兵衛国治に師事し、工名を尚茂と称した。後年入道剃髪して正楽の号を用いた。安永九年(一七八〇)に没。一宮長常・大月光興と共に「京都金工の三傑」に数えられる高名な金工である。正楽には初・二代があり、宝暦から寛政にかけて活躍したとされ、二代は尚房の名で作品を遺している。この京都金工の圏域には、二条に住した細野惣左衛門政守——元禄三年や享保三年の年紀作が遺る——や、後藤就乗門下の山崎一賀(仁左衛門、同名数代あり)も含まれ、それぞれ独自の作風を展開した。 鉄元堂の作風を最も特徴づけるのは、鉄の圧倒的な掌握力である。説示に繰り返し「主として鉄を用い、鉄を巧みにこなす作者として定評が高い」[[c:2]]「鉄を自由にこなす」[[c:3]]「鉄を扱わせれば追随を許さない」[[c:4]]と記されるように、鉄地の扱いにおいて比類なき名声を得た。正楽は鉄磨地あるいは石目地を基調とし、鋤出から高彫に連繋する彫法によって作品に深みと量感を与える。要所には金・銀・赤銅・四分一・素銅・真鍮といった色金の象嵌色絵を丹念に施し、「難儀といわれる鉄への色金象嵌」[[c:5]]を綿密な出来映えに仕上げる技は「鉄元堂にして成し得る」[[c:6]]と称される独壇場であった。題材は写生に基づく人物図を最も得意とし、夕立人物図は「最も得意とした画題」[[c:7]]として同図の作品が数多く知られる。韃靼人と洋犬の異国情緒ある図、南蛮人図、帰樵図、還城楽図、風神大仏図など、力強い鏨力と豊かな動勢をもって描出されている。一方、細野政守は四分一や赤銅の地金に毛彫・片切彫と各種色金の平象嵌を駆使し、京の町の賑やかさや農作業の風景を画面一杯に展開する独自の細密画世界を築いた。山崎一賀は後藤家の作風を踏襲しつつも彫・色絵に濃やかさを加え、赤銅魚子地に高彫色絵の格調高い作品を制作した。 鉄元堂は京都町彫金工のなかでも鉄物の上手として独自の地位を占める。初代正楽の鐔は「地鉄もしっとりとした潤いを見せ」[[c:8]]「流石に鉄元堂にして成しえる出来映え」[[c:9]]と評され、鉄地の質感から象嵌に至るまで一貫して卓抜した技量を示す。夕立図では大小の鐔と縁頭に種々の場景を配して物語的な展開を見せ、韃靼人図では天明二年の年紀を有する作品が初・二代の研究において「資料的にも価値が高い」[[c:10]]と注記される。草摺曳図目貫に見られる金と赤銅の芋継地という古風な造込みは、後藤祐乗を意識した古雅な作風をも正楽が自在にこなしたことを示す。鐔が初代、小柄が二代という大小揃の存在は、「鉄物の上手、象嵌技術にも秀れると定評通りの作風」[[c:11]]が世代を超えて継承されたことの証左である。細野政守の農作業図鐔は「画面からは諸々の作業音とともに人々の会話が聞きとれそうである」[[c:12]]と讃えられる代表作であり、山崎一賀の淀城水車図揃金具は金の色絵を多用した「豪華絢爛な作風」を示す。こうした多彩な個性を擁する京都金工の一群として、鉄元堂の系譜は刀装具史において独自の位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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